ゲイルに守られるように去って行った綾子の姿を母屋の2階から見ていた絹代は、焦点の定まらぬ目を天井に向けている良に向かって言った。 「・・・・そうね。・・・私達は戦争の後、生きて行くことだけで精一杯で他の事なんて考える余裕なんかなかったわ。・・・本当に・・今思い出すだけでも鮮明にあの光景が目に浮かぶのよ。そして両親との別れ・・・私は父や母を思うと何故あの時強引にでも連れて逃げなかったのかって自分で自分が許せないの。今でもそれは後悔しているわ。せめて母だけでも一緒に逃げなかったんだろうってね・・・・・でもやっぱり60年の歳月は長かったんだと思うわ。その歳月があの悲惨な戦争のショックを少しづつ和らげてくれたのかもしれない。亡くなってしまった人は二度と帰って来ないし、今さら戦争を恨んでも起きてしまったことを愚痴ったからってどうにもならないでしょう。・・・そうは言ってもね、まだ完全に立ち直ったわけじゃないの。私でさえそうなんだから、あなたにとってはついこの間の出来事だったのですもの、そんな風に気が抜けたようになっても不思議はないのかもしれないわ。・・・けれどそれではいつまでたっても前へ進めないのよ。・・・失ったものが大きかったからといって後悔しても何も始まらないわ。良さん。しっかりして頂戴!あの時のあなたに励まされて私はこうして今まで生きてこられたのよ。勝一君だってきっとそうだったと思うわ!だから今度はあなたが自分を取り戻す番よ!」 良の肩を掴み、正気を取り戻そうと絹代はグラグラ揺すった。しかし良は精気のない目を絹代に向け、 「わかってるんだ・・・でも・・身体がいうことをきかないんだ・・・」 とポツリと呟き目を閉じた。その片方の目から涙が一筋こぼれ落ちた。
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