「どこから話せば良いかの・・・そう・あれは・・」 と前置きしてから 「・・・ビルがいなくなり良さんと絹代さんがあの祠(ほこら)で話をしているのを聞いた儂は、すぐ駐在所へ走った。東京が空襲に遭うと叫ぶと駐在(やつ)は初め、ただのたわ言だと全く取り合ってくれなかった。けんもほろろに儂を追い払った。ところが何日かすると急に儂を呼び出し村長宅へ連れて行った。そこで・・・村長と駐在に東京空襲の情報源を吐けと拷問された。しかし儂は黙っていた。すると今度は良さん、つまりお前のことを教えろと言われたのだ。だが儂はこんな奴らに良さんのことは絶対言うもんかと更に黙った。業を煮やした村長はついに本性を現し・・儂の右足を叩き潰した。・・・儂の右足はそれ以来どんなに手を尽くしても元通りにはならなくなった。今でも足を引きずるのをお前は知っているだろう。・・その後、意識の無くなった儂の身体を駐在(やつ)は海岸へ運び・・・捨てたのだ。 どのくらい時間が経ったのかわからない。誰かが儂の身体に近付き、何か耳元で囁いた。薄っすらと目を開けた儂の目にビルとアレックスの顔が映った。2人は儂を助けようとしてくれたのだが、当時の儂は志願して軍に入ろうとしていたほどの愛国主義者だったから必死で彼等に抵抗した。だが所詮子供の力。本格的な訓練を受けた2人に敵うはずがない。大きな袋に入れられた儂は気を失ったまま船に乗せられ、やがてハワイへ送られた。そこで専門的な治療を受け、退院許可が下りたのが終戦後の9月10日だった。入院中に日本がポツダム宣言を受諾し、戦争が終わった事を知った儂の心は荒んでいた。何もかも良さんの言う通りになったことを知った儂は、退院しても行くところがなく、活気に溢れたハワイの裏側へ堕ちていった。半年以上も入院していたお陰で言葉は日常会話なら普通に話せるようになっていたから、何の問題もなかったが、日本人というだけでハワイ人にはパールハーバーを連想させ、現地人からはかなり迫害を受けた。そんなある日。偶然に土産物店でアレックスに会った。彼は儂をずっと捜していたらしく、強引にある家に連れて行った。そこはビルの実家で、丁度休暇を取って帰宅していたビルと再会し、姉の一子の死を知った。日本からハワイに行く途中死んだということだったが、その頃の儂は悔しいとか悲しいとかそういった感情は微塵も感じなかった。あるのは楽しければいい。それだけだった。その姿を見たビルは、これではいけないと友人達に手を回し裏の世界から儂を救ってくれた。その後ニューヨークへ行かないかと誘われ、アメリカ本土に渡った。いい忘れたがビルは軍隊の任期を終えてニューヨークの新聞社に勤めていた。そういった関係で儂も同じ会社に入り、真面目に勤め始めた。しかし根っからの放浪癖が身体に染み付いていたのか、2年もすると同じ場所にいるのが苦痛になってきた。苦痛というよりも、日本が恋しくなったのかもしれない。また突然行方をくらました儂は、貯めたお金を全部持ってハワイ行きの船に乗り、日本へ帰ってきた。その頃の日本は焼け野原から少しづつ復興しようという気合があった。しかし何をするにしても儂には戸籍がなかった。どういう理由かわからんが、既に鼓島は無くなっていたから、近くの役所に行って戸籍を作ってもらった。当時はそれが可能じゃった。巷(ちまた)には戦災孤児が溢れていたから自己申告すれば新しい戸籍を作ることができたのだ。しかし村長と駐在の存在を恐れた儂は本名を名乗ることができず、それでも自分の名前を残したくて佐々木勝和と付けた。勝は勝一の勝、和は一と繋がることからそうしたのだが、それでも安心できず少なくなった金を持って上野から汽車に乗った。そこで偶然隣り合わせになった人と親しくなり、その人の家があるこの村に来た。ここは冬が長く厳しい寒さが続く所だが、しつこいほど人情深いところだった。彼等に触れるうちに儂はこの地に骨を埋める決心をした。土地の女性と結婚し、京子が生まれた。京子は姉の一子に良く似ていて、姉が生きていたならどんな風になっていただろうと何度も想像した。こんな山の中だが儂は京子に小さい頃から英語を習わせた。日米の平和の架け橋となって儂を助けてくれたアメリカに少しでも恩返しをしてもらいたかったからだ。その気持ちはお前にも受け継がれたはずだ。 どこまで話したかな・・・おおそうじゃった。成長すると京子は東京に出たいと言った。儂に反対する理由がなかったから快く送り出したのじゃが、一年もせんうちに新一君を連れて来て結婚すると言い出した。これには儂は大反対だった。そうじゃろう?日米の架け橋に!と願っていた娘が普通の嫁になりたいと言い出したんじゃからな。じゃが既に京子のお腹にはお前がいた。仕方なく2人を一緒にさせ生まれたのがお前じゃ。名前は良と名付けさせた。無論60年前のあの良さんから取ったものだ。しかしまさかお前があの時の良さんだったとは・・・・病院でお前の告白を聞いた時の儂の驚き・・・・あまりの衝撃に身体中をナイフで切り付けられた気分だった。あの時の状況は今でも言葉にできない。冷静さを欠いた儂は、すぐ退院するとわがままを言って京子達を困らせた。しかしあの時の儂は普通ではいられなかったのだ。帰って来ても落ち着かず、部屋に閉じ篭ってしまった。頭の中は真っ白で“まさか、そんな事があるはずはない!現実ならこれは天罰だ。儂のそれまでしてきた事へのむくいだ!”儂の身体は言葉の鎖でがんじがらめになった。・・・良・・・儂はお前に謝らなくては鳴らない。あれからずっと儂は後悔し続けた。お前を非国民と呼び、その言葉を信じなかったことだ。心の中では謝りたいと思っていた。生きているうちに会うことが出来たならどんなことをしてでも謝罪したいと思っていた。・・・すまない・・・許してくれ・・・」 ひと言ひと言に全身の力を込め、振り絞るような声で語りきるや安心したのか勝和、いや勝一は静かに目を閉じた。 「じいちゃん!」 「勝一君!」 2人同時に叫んだが、傍に付き添っていた医師が勝一の脈を取り、瞳孔の開き具合を確認すると冷静な判断を下した。 「17時12分です。」 「うわ――――!!」 良の叫び声に新一達、家の中にいた全員が勝一の部屋に押しかけた。 「おじいちゃん!」 1人娘だった京子は良を押しのけ勝一の枕元に近付きまだ暖かい顔に自分の顔を押し付け必死に父を呼び続けた。良は絹代を促し廊下へ出た。そこには青白い顔をし、目に一杯涙を溜めた綾子と、その肩を優しく抱き寄せるゲイルの姿があった。 「良ちゃん・・・」 心配そうに声を掛ける綾子の顔を見て、とっさにゲイルを振り払い綾子の手を強引に引っ張り外に出る良。それは自分でも説明のできない行動だった。 「どうしたの?おじいちゃんの側に付き添ってあげなくていいの?」 綾子にも良が取った行動の意味がわからない。 「あの男は何なんだ!それに何だ!あの態度!お前もお前だ。あんな男に肩を抱かれて嬉しそうに!」 どうしようもない怒りを爆発させる良。 「ど・どうしたの?ゲイルは私を心配してくれただけよ。私だって嬉しそうな顔なんてしていなかったわ!それにもう私達恋人でも何でもないんだからそんな風に言われる筋合いはないわ!他の人が見たら変に思うわよ!」 綾子もまたいわれのない怒りをぶつけられ精一杯反論した。 「うるさい!オレはな・・こんなときに人前でイチャイチャしているお前たちが許せないだけだ!」 「イチャイチャ? 何をそんなにイライラしているの?まるで自分の持ち物を取られてヤキモチを焼いている子供のようだわ。・・それともおじいちゃんに何か言われたの?それから絹代さんとは一体どういう関係なの?私にだってそのくらい聞く権利はあると思うわ。」 必死に自分の感情を抑え、良の怒りを静めようとする綾子。内心は絹代に対する嫉妬で己の身体を焼き尽くさんばかりだというのに。 「ヤキモチだと!誰がお前なんかにヤキモチなんか焼くもんか!バカバカしい。それに彼女とのことを一々お前に説明する必要はない!」 それにもかかわらず良の怒りは収まらない。そればかりか益々エスカレートするばかりだった。
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