病室の目に立った綾子は、握ったドアノブに力を込め気持ちを引き締めてノックした。―――― 返答がない。恐る恐るドアを開けるとスヤスヤ寝入っている良の姿が目に入った。ホッと一息ついて中に入るとベッド脇の椅子に腰掛けた。その寝姿を見ているうちに疲れが出たのか綾子はそのままうたた寝をしてしまった。 「・・・・子・・・・綾子。」 誰かに呼ばれたような気がしてハッと目を覚ますと、良がじっと自分を見ていた。 「え?あ、ごめんなさい。呼んだ? あら?私寝てたの?いやだわ。良ちゃんの顔を見てたらとても気持ち良さそうで私もウトウトしちゃったんだわ。ごめんなさい。・・・どう?気分は。」 「・・・・・話があるんだ。」 いつになく真剣な面持ちの良に綾子の顔が翳った。 「え?・・・なに?」 「・・・ああ・・・」 「なに?どうしたの?」 「う・・ん。・・あの・・さ。・・俺達のこと・・・なかったことにして欲しいんだ。 オレがこんなんじゃお前が苦労するだけだしな。・・お前にはオレよりふさわしい男がいる。だからオレのことなんか早く忘れて良い男を見つけた方がいいと思うんだ。」 一方的に、それも唐突に別れ話を切り出され、言葉もなくじっとうなだれる綾子。両膝にポタポタと涙が零れ落ちた。そのまましばらくの間微動だにしなかったが、やがてゆっくりと顔を上げた綾子の視線が良のそれとぶつかった。 「・・・・なんだ・・・もっと悪い・・知らせかと・・思った・・わ。そんなことだった・・のね。・・初めからわかってたじゃない。そんなこと。・・良ちゃんにふさわしい人は私じゃないって。・・いいのよ。気にしないで。・・・謝らないで!!謝られたら私みじめになるわもの。・・でもおじさん達にはもう少し、黙ってましょう。・・だって私達・・これからも友達ってことには変わりはないんだものね?・・ね?」 ところどころよどみながら言い終えるとにっこり笑う綾子。 「すまない。でも。お前それで良いのか?」 「良いも悪いも良ちゃんがそうしたいと言えば私はそれに従うだけよ。だって私のためにそう言ってくれたんでしょ?だったら私には何も言う事はないわ。・・・さぁ、ゆっくり休んで早く良くなってね。」 毛布を掛け直している手が小刻みに震え睫毛に涙が光る。 「ごめんな。」 しかし今の良にはそれしか言葉が見つからない。 「何言ってるのよ。 それより私、先生に聞き忘れてたことがあったからちょっと行って来るわね。ちょっとの間待っててね。」 静かに病室を出るとトイレに駆け込み、綾子は泣いた。他人の目があったため、声が外に聞こえないようにと念じながら。 「綾子。」 お互いの気持ちが自分のことのように解る2人は、互いを大切に想う余りいつも意地を張ってしまう。しかし別れを切り出す以外、彼女に何もしてやることが出来ないのだ。綾子もまたそれを甘んじて受け入れる事で良の負担が軽くなると考えた。2人ともそれが解るから愛おしいのだ。
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