「私も全部把握しているわけじゃないんです。旅から帰って来てからの良ちゃんは、その間の出来事を一度も口にしたことがないし、私もあえて聞こうとはしませんでした。話す時期が来たらこちらから言わなくても自分から話してくれるだろうと思ってましたから。」 そこで綾子は一呼吸おいた。 「・・・・あれは2月の終わりでした。用事があって私、良ちゃんに連絡を取ろうとしたんです。でも全然携帯が繋がらなくてイライラしていました。すると2日くらいしてから突然良ちゃんから電話があったんです。今、鼓島という島にいる。その島についてどんな些細なことでもいいから調べてくれ。という内容でした。一体何なの?と理由を聞こうとしました。けれど一方的に切られてしまって聞けなかったんです。それから私はその意味も解らず鼓島という馴染みのない名前の島について調べ始めました。手っ取り早いのはホームページで調べることだと思い、パソコンを開いて検索してみると、その島は終戦直前、海底火山の爆発で消滅したことがわかりました。ところがそこで情報が途切れてしまったのです。困った私は校長に相談しました。あ、予め言うのを忘れてましたけれど、私小学校の教師をしているんです。校長のご友人が地質学を専攻している、とのことでその先生を紹介していただき、その方から1冊の本を戴きました。著者はウイリアム・カーペンターという元・海軍兵士でした。日記と口述をもとに夫人が原稿を書き、書籍として出版したもので、その中に鼓島のことについての記述がありました。ところがその日記に『RYO』という名前の日本人が出てくるのです。彼についてはとても流暢な英語を話し、身長は自分より10CMは高い、すなわち178CMくらいだろうとのことでした。 私はまさか、と自分の目を疑いました。 それからまた数日後、良ちゃんから連絡があったからその事を話すと、それはオレのことで今オレはその鼓島にいる。そのウイリアムとは昨日会って話したと言ったんです。私は信じられませんでした。だって今こうして話している相手が60年前に消滅してしまった島にいるなんてどうして信じられますか?最後に良ちゃんはいつ戻れるかわからないから、会社に退職届を出して欲しいと言いました。翌日私は良ちゃんの言う通り退職届を会社に出しに行きました。課長さんからこれ以上無断欠勤したら解雇扱いにするところだった。と厭味を言われましたが、何とか穏便に辞める事ができました。 それから2ヶ月後のある朝、私は良ちゃんの部屋を掃除しようと行ってみると、良ちゃんがまた何の前触れもなく戻っていました。私はもうただ驚いてしまって・・・でも・・2,3日してまたアパートに行ってみると、部屋中吐いたものが散乱していてもの凄い臭いがしていました。とりあえず掃除をしたのですが、また次の日も同じで・・・心配になってその日からアパートに泊り込んでみると夜中にさっきのような発作が起きて、ものすごい声を上げたり暴れたり。決まって最後は吐くんです。でも吐けば気持ちが落ち着くのか、その後は何事もなかったように眠るんです。うわ言でB29とか空襲だとか、オレが悪かったとか意味不明なことを言って。そのたび汗をかくから何度も着替えをさせないといけなくて・・・これじゃいけないと思って病院に連れて行って検査をしてもらったところ、外傷性ストレス症候群だから生活環境を変えた方がいい。つまり引っ越したほうが良いと言われました。それで連休を利用して一度田舎に帰ってみようと良ちゃんを誘って連れて来たんです。―――― 先生。良ちゃんは生の体験として戦火を潜り抜けて来たんです。今のままだと心身ともにおかしくなってしまいます。何とか助けてあげて下さい。お願いします。」 信じがたい話に3人はうまい言葉が見つからない。 「・・・・儂は疲れたから部屋に戻るよ。」 そう言った勝和の顔はなるほど青ざめている。すぐ看護師が傍に寄り、身体を抱えるようにして病室に連れて行った。 腕を組んで話を聞いていた木村は、綾子の目を見ながら言った。 「・・・話としては面白いですが、到底信じられないことです。ですが、あの発作を目の当たりにしたら100%ウソとは言い切れませんね。それにあなたの目は作り話をしているようには見えない。ウソをついた人は目を見ると何となくわかるものです。でもあなたは違う。まぁタイムトラベル云々は別として、笹崎さんが実体験として戦場にいたことはほぼ間違いはないでしょう。そのあたりから心のケアをしていかなくてはなりません。おじいさんの方はすぐ退院できると思いますが、お孫さんはしばらく入院してもらって様子をみることにしましょう。それでよろしいですね?」 綾子と新一の2人に異存があるはずはなかった。ナースステーションを出た2人は、良が寝ている病室に行き、拘束された姿を見て言葉を交わすことなくただ泣いた。
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