「イテテテテ!何だよいったい!誰だ!こんな所にテーブルなんか置いた奴は! アレッ?ここは・・・えっ。もしかしたら オレの・・部屋?え?え? 戻って来たのか?」 良はあの閃光を見た瞬間、身体がフワッと宙に浮いたような感触を覚えた。それは初めて鼓島へ行ったときと同じ感じだった。だがその後のことは全く記憶になかった。気が付いたら自分の部屋のテーブルに頭をガツンとぶつけて転んでいたのだ。 「や・やった!やったぞ!ああ!なんて嬉しいんだ!こんなに嬉しいのは生まれて初めてだ!うおおおおお!!」 ピョンピョン飛び跳ね、やった!を連発する。誰かに見られて変人扱いされても構わない。とにかく現代に戻って来れたんだ!
玄関のドアが開き、誰かが顔を覗かせた。 「だれ?だれかいるの?」 聞きなれた懐かしい声がした。 「綾子か!」 「えっ。誰?」 「オレだ!」 「え?良・・ちゃん? まさか・・本当に良ちゃんなの?」 勢い良くドアが開き、すでに泣き顔の綾子が良の身体に飛び込んだ。良は感激に震えながらも抱き締めた綾子の身体がこんなに小さかったのかと初めて認識した。絶対離すまい。良は心に誓った。 「心配・・したのよ。」 「ああ。」 「本当なんだから・・・」 「ああ。」 「冗談じゃないのよ。」 「ああ。わかってるよ。」 再会の喜びをじっくり味わった後、良は久方ぶりに風呂に入り、さっぱりした身体で綾子の手料理を食べた。それまでも好き嫌いのなかった良だが、あの時代を経験してからは何でもありがたく思え、出されたものは全部綺麗に平らげた。驚く綾子に食べたくても食べられない時代があったんだよ。と答えた。 「良ちゃん。なんか・・変わった。」 「何が?」 「だって前は私にこんなに優しくなかったもの。」 「え?そうか?同じだけどな。」 綾子に指摘されそう答えたものの、なるほどそうかもしれない、と思った。確かに以前は綾子と会話する際、“ああ”“うん”“違う”その程度の単語しか使っていなかったことを思い出した。(なるほどな。オレは変わった。)そう思った。 「ねぇ。これどうするの?」 見ると綾子が手にしていたのは、良が帰ってくる際着ていた服と所持品の雑嚢である。服といってもぼろ雑巾となんら変わらない状態の布と化していたのだが、ついさきほどまでは立派な衣服だったのだ。 「あ、何か入ってる。・・・キャ!な・なにこれ?え?もしかして・・・血?」 そのポケットから出したのは白山が握っていたあの紙切れだった。あの時は無我夢中で白山の手からもぎ取り、自分のポケットにねじ込んだのだが、一体何が書いてあったのだろうか。綾子の手からその紙を受け取ると、血に染まった部分を破らないよう注意して開いた。 それは想像通り、白山の遺書だった。内容は、これから決行することが己れの数十年に渡って積もりに積もった上村への怨念と、巡査大島を含めた一子と勝一の復讐であることが記されていた。最後に大罪を犯すからには生きて帰る意思のないことが付け加えられており、白山、正吉それぞれの名前が血文字で書かれていた。 「ああああ。」 良はその血判状ともいえる遺書を握り締め、綾子の目の前で泣いた。なすすべもなく、ただそっと良の肩に手を添える綾子。彼女は傷ついた良の心を慰める術(すべ)を模索し、良の身体を抱き締めた。
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