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作品名:いつか きっと 作者:Shima

第36回   第36話
  再び米軍の小船に乗せられて接岸した良は真っ暗な道を神社に向かって走った。空襲のない星空を見上げ郷愁にひたりたい・・・とてもそんな気分にはならなかった。ともかく急いでビルから聞いた恐ろしい計画を正吉達に知らせ、一刻も早く島から脱出させなければならないのだ。

  神社に駆け込むと正吉達が全員顔を揃えていて、血相を変えて飛び込んできた良を驚いた表情で見つめた。
「良さん!今までどこに行ってたの!ずっと捜していたんだから!」
いつも冷静な絹代が泣きながら良に抱きついた。
「絹代!」
今回ばかりは正吉の怒声にも動じない。正枝がそっと肩に触れるとようやく絹代は良から離れた。
「おじさん!おばさん!絹代ちゃん!何も聞かずすぐこの島から脱出して下さい!いずれ大変なことが起きるんです1」
肩で息を吐きながら良は一気に捲し立てた。しかし突然訳も分らず島から脱出しろ、と言われて、はいそうですか。と素直に従う人間がどこにいるだろうか。
「良さん。今までどこに行っていたか、という絹代の問いにも答えずそんなことを言い出すとは一体どういう了見だね?返答によっては今すぐ君がここから出て行かなくてはならないことになるよ。」
正吉の厳しい顔に少し落ち着きを取り戻した良。改めて呼吸を整えるとそれまでの経緯を語り始めた。
  まず第一に、2月の中頃。1人の負傷した米兵を助け、しばらく匿っていたが、その男が突然理由も告げず消えてしまった事。ところが今日しばらくぶりにその場所に行ってみると、その米兵が自分を待っており、自分を伴い彼が乗船している潜水艦に連れて行かれた事。そこで大怪我を負った一子に会った事。そこで勝一の消息も判明し、一子から間接的に聞いた村長と駐在の大島の2人が彼等に耐え難い屈辱と暴行を加え、そのせいで一子と勝一は生死を彷徨う羽目になった事。そして最後にその米兵からとんでもないことを打ち明けられた事を話した。
「え?ビルが?ビルが生きていたの?それから一子ちゃんと勝一君も!でも生死を彷徨うって一体どういう事なの!」
「一子ちゃんが途切れ途切れに説明したところでは、どういう理由かわからないんだけど、村長とお巡りさんが一子ちゃんを拷問したそうなんだ。そして半死半生の彼女を海辺に捨てたそうだ。同じように勝一も捨てられたらしい。そこをビルが助け、2人は治療のために別便でハワイに行くことになったそうだよ。それよりもビルが言った最後の話というのがね・・・広島と長崎に原子爆弾を落とす計画があり、その予行演習としてこの鼓島で同じような実験を行なうということなんだ。規模的には小さいものらしいが、威力はかなりなもので、もしかしたら島そのものが消滅するかもしれないんだ。ビルとしては自分を助けてくれた絹代ちゃんに恩返しをしないではいられない。だから実験を行なう前に島を脱出して欲しい。それに出来ることなら他の島民も一緒に行動してもらえると都合がいい、ということらしい。   分ってくれた?オレが一刻を争うと言った意味が。」
良の切迫した訴えも3人にはあまり効果がなかった。ポカンとした表情で良を見ているのだ。それとも事が重大すぎて掌握しきれないのだろうか?
「・・・・村長と駐在さんが・・・」
そうではなかった。正吉には島がなくなるかもしれないという事よりも、上村と大島の所業が信じられないのだった。
「おじさん!島がなくなるんですよっ!村長とか駐在とかいう段階ではないんですっ!」
良はみんなに事の重大さが充分伝わっていないのかと必死だった。
「え?ああ。島ね。・・・良さん。私達には島はあってもなくても同じなんだよ。見てくれ。これが何だか分るかね?」
そう言って正吉が懐(ふところ)から出したものは、赤い紙に包まれた白い粉だった。
「何ですか?これ。」
「青酸カリだよ。致死量のね。戦争が激化してきた際に軍から1人1包づつ配給になったのだよ。捕虜になるくらいならこれを呷(あお)って死ねという意味だ。だから島民は島から逃げ出すような者は1人もいないと私は信じているよ。たとえ本当に島が無くなろうともね。ただ私としては絹代たち若者だけは助けてやりたいと思うよ。私達は充分生きてきた。ここで死ぬことは悔いはない。良さん。絹代達だけでも救ってやって欲しい。頼むよ。君に全てを任せる。以前絹代が言っていた君が救世主になるというのは多分この事なのだろう。君の話を聞いてそう思えてきたよ。」
がっちり良の手を握り、任せると落ち着き払って言った正吉の目には涙が光っていた。
「青酸カリ・・・・」
歴史の時間で習っていたが、実物を目の前にし、更に躊躇なくそれを使うと言った正吉に、戦争尾とは命を奪うだけでなく、その人の未来をも奪う憎むべきものだと知らされた。
「いやよ!私だけ逃げるなんて!」
突然絹代が立ち上がった。
「絹代。お父さんの命令だ。良さんと行きなさい。行って日本の、いや鼓島の行く末を確かめなさい。いいね!」
それでも尚、いやいやをする絹代に正枝が静かに諭した。
「お母さんからもお願いするわ。十年後、二十年後の日本をお前の目でしっかり見て頂戴。私達はあの世からお前をいつも見守っているからね。いいわね?」
なかなか首を縦に振らない絹代に正吉が言った。
「絹代。お前も巫女ならわかるだろう。私はこの神社を守らなければならない。神社を守るということは、島そのものを守らねばならぬ、ということだ。その私が島が無くなるからと真っ先に逃げ出して良いものかどうか。本音を言うと私もお前や母さんと一緒に新天地へ行って将来の日本がどうなるか見てみたいのだよ。だからその夢をお前に託すのだ。いずれあの世で逢った時、お前が見た日本の将来を私達に教えておくれ。いいね?わかってくれるね?」
父正吉の言葉にしぶしぶ頷く絹代。
「そうと決まったらすぐ支度をしなさい。私達は村の主だった人達に明日にでも相談してみる。しかし・・・村長と大島さんが・・・由々(ゆゆ)しきことだ。」
良が絹代達と別れ、離れに戻った時、すでに外は白々と空け始めていた。



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