「笹崎の奴。どこに行ったんでしょうね。綾子さん、本当に知らないんスか?」 良がいなくなってから頻繁に元同僚の結城がアパートに訪ねてくるようになった。初めは本当に良を心配しているのだろうといろいろ相談に乗ってもらっていた綾子だったが、最近になって良の安否を気遣うのは表向きで、本当は綾子自身に会いに来ているのではないかと感じてきた。それは別に良いのだが、時折必要以上に心配されると逆に困ってしまうことがあった。本音を言えば、放っておいて!と叫びたい心境なのだ。しかし元々根が優しい綾子はそれも言えず、ただ悶々としていた。以前量を心配する余り爆発したことはあったが、普段は決して他人に対して怒りの感情をぶつけたことのない彼女だった。結城に対してもただ静かに微笑むだけ。それをいいことに結城の訪問は回を増すごとに大胆になっていった。 「さぁ。私にも分らないんです。」 何度となく繰り返される問答。 「・・・ところで綾子さん。何か困っていることはないですか?僕にできることがあればどんなことでもしますから、遠慮なく言って下さい。」 「ありがとうございます。でも今のところ何もありませんわ。」 この問答しかりだ。 「そう簡単に言わず。ね?・・んー。そうですね。例えばガスが漏れているとか、電気が切れているとか、そういったことでも構いませんよ。アレ?そういえば笹崎の奴、時々メール見てくれって言ってたな。ちょっといいですか?」 そう言いながら強引に中に入ろうとする結城を何とか阻止しようと前に立ちはだかる綾子。 「あ!でも大丈夫です。メールなら毎日確認していますから!」 その押し問答に隣の学生が何事か、と顔を出した。バツが悪くなった結城はまたそそくさと帰って行った。ホッとする綾子にその学生(杉村というらしい)が、『あいつが来たらまた追い払ってあげるから声を掛けて下さい』と言ってくれた。
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