20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:いつか きっと 作者:Shima

第31回   第31話
  守野家の人々がやきもきしながら時をすごすこと3日。ようやく良がフラフラと幽霊の如く離れから出てきた。良をちょっと年の離れた弟のように感じていた正枝は、飛びつくようにかたわらに寄りその体を支え、母屋に連れて来た。その光景を見た正吉も涙を流し喜んだ。
  絹代は勤労奉仕から帰宅後、その知らせを聞くやすぐ良の元に駆けつけた。だが良の態度が以前と180度変わっていたことにひどく傷ついた。絹代に対して妙によそよそしいのだ。冷たいというのではなく、当たり障りのない会話しかしない。という意味だ。笑顔なのだが以前とは違う。絹代はそう感じた。部屋に籠もった理由を聞いてもただ静かに微笑むだけ。仕方なく両親に聞いたが、やはり良はその理由を言わなかったらしい。そういうわけでその件に関して深く詮索することは止めようということになり、正吉以下、守野家の人々からは二度とその話題が出ることはなかった。
  一旦起き上がる意思が働くと若い良はめきめきと体力を取り戻した。芋だけの食事ではあるが食えないよりはましだ。出された芋を毎回ぺロリと平らげ、神社の仕事も手伝ったおかげで以前より筋肉が付いたように思えた。

  そんなある日。良はふとあの祠(ほこら)に足を向けた。散歩がてら行ってみることにしたのだ。
ギギギギ。相変わらず気味の悪い音だ。中に入ってみるとあの日のままの状態だ。ビルがいなくなったと絹代が知らせに来て一緒に来た時と全く同じだった。変わったのはホコリが積もったのと蜘蛛の巣がやたらに増えたことだろうか。何もないのを確認すると良は祠を出た。
そのとき草ぼうぼうの茂みの中から良を呼び声がした。初め空耳だろうと気にしなかったが、何度も呼ばれているような気がしてふとあたりを見回すと、そこに1人の米兵が腰を低くして自分の方を見ていた。目を凝らして見ると顔に肉が付いて少し太ったような感じだが、紛れもなくそれはウイリアム・カーペンターその人だった。
「ビル?ビルじゃないか?!」
思わず日本語で言ってしまい、改めて英語で言い直した。
「リョウ!」
2人は1ヶ月ぶりの対面に我を忘れて抱き合った。
「一体どうしたんだ!心配したんだぞ!あんな書置きだけでいなくなるなんて!」
「ごめンなさい。ワタシ、ワルイ事しまシタ。みなさんにシンパイかけてしまって・・・」
「そうだよ!  ってあれ?ビル。君、日本語が話せるのか?」
確かにビルは日本語を話した。カタコトではあるが立派な日本語だった。
「ハイ。あるシトにオシエテもらいました。そのシトの事でハナシ・アリマス。だからワタシずっとアナタがここ来るの、マッテました。イッショに来てクタサイ。」
ビルは良の返事も待たず、中腰のまま早足で歩き出した。つられて良も同じ姿勢で歩き出した。
  それから30分後。ビルと良は周囲に注意を払い、身を隠しながら遠回りをして海岸に出た。ここで太陽が沈むのを待とうとビルが言った。村人に見つからないように身を潜め、良にも同じようにするよう付け加えた。
話し声が漏れるのを警戒し、ずっと無言のまま2人は暗くなるのをひたすら待った。やがて完全に陽が落ちると待っていたかのように一艘の小船が近づいてきて2人の前方に止まった。漕いでいたのはビルと同じ米兵だ。暗黙の了解でビルは良を促しその船に乗った。
  スルスルと海面を滑るように船は沖に向かって進んでいく。時間的にどのくらい経ったのかわからないが突然船が止まった。すると3人からかなり離れた場所の海面がムクムクと盛り上がり、真っ黒な潜水艦が浮き上がってきたのだ。あまりのことに良は言葉を失った。しかし2人の米兵は予定通りといった表情で少しづつその大きな物体に船を近づけた。
手が届く位まで近づくと、おもむろにハッチが開き、中からまた違った米兵が顔を出した。早くしろ、と言っているようだ。3人は素早くそれに乗り換えた。船はどうなる?その質問にビルは小さな無線機を見せスイッチを押した。
「小型の時限爆弾です。10分くらいであの船は海に沈むでしょう。ですから気になさらないで。」
日本語の表現が難しいのかビルは英語で答えた。
「何だって!そんな簡単に・・・」
「大丈夫です。あなたを送り届ける船はまた充分にありますから。」
良が戻れない事を心配していると勘違いしたビルは安心させるように言った。
それから2人はどんどん奥へ進み、あるドアの前で止まった。どうしたんだ?と問いたげな表情をする良にビルは無言のままドアを軽くノックした。すると中から今にも消えそうな声で応答があった。静かにドアを開けるビル。そのあとから続いた良は中の人物を見た刹那、全身に戦慄が走るのを感じた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 24