ピピピピ。ああ、何年ぶりだろう。鳥のさえずりで目覚めるなんて。 次に良が目を覚ましたのは太陽が燦燦と輝く日中だった。何もかも一夜の夢だったのだろうと目を擦りながら瞬(しばたた)くと、そこはやはり昨夜の防空壕の中だった。ああ、あれは夢ではなかったのか。オレは何かの力で終戦間近の鼓島に引き寄せられタイムスリップしてしまったのか・・・しかもあのHPでは鼓島は海底火山の爆発で消滅するのだ。いつ?・・明確な答えが記載されていなかったので時期がわからない。何気なく上着のポケットに手を入れてみると携帯電話があった。見れば電池は充分にあるようだ。短縮ボタンを押し、ダメ元で掛けてみた。プルルル。5回ほど呼び出し音が聞こえ、懐かしい声がした。 「良ちゃん?どこにいるの?さっきから何回も電話しているのにどうしたのよ!」 電話の相手は幼馴染みの吉川綾子である。実家が近く、幼少の頃彼女の両親が他界したことから、良の両親が後見人となって面倒をみてきた。そういった関係で良と綾子はこれまで何度となくお互いを支え合ってきた仲だった。 「綾子か。良かった。説明している暇はないんだ。とにかくオレの言う通り動いてくれ。どんな手を使ってもいいから鼓島っていう島について調べて欲しいんだ。こっちから電話すると電池がなくなるから結果が判ったらお前の方からかけてくれ。いいな!なるべく早くだ。じゃ、切るぞ!」 それだけ言うと良は電話を切った。60年の月日を隔てても何故か理由はわからないが、携帯は通じるということがわかった。とにかく連絡手段は確保できた。 ふと横を見ると、勝一と見慣れぬおさげ髪の女の子が良の行動をじっと見つめていた。 「勝一君・・だっけ?・・どうしたの?」 「・・・それ何?」 「これ?携帯だよ。」 「ケイタイ?ケイタイって何?」 「電話だ。持ち運びできる電話さ。」 「電話?嘘だ。電話はそんな形じゃないよ。僕、村長さんのところで見たけどそんな形じゃなかった。何かのおもちゃだろう?」 「おもちゃ?・・じゃあないけど・・そうか。見たことがないんだね。電話がこうなったのはほんの数年前だからね。信じられないのも仕方ないか。・・・ところでこの女の子は誰なの?」 「僕の姉ちゃんだよ。一子っていうんだ。最初にお兄さんを見つけたのが僕の姉ちゃんなんだ。」 一子は紹介されると恥ずかしそうに顔を赤らめた。 「一子です。勝一があなたが気付いたと知らせに来たので、傷の手当をしようと思って来てみました。どうですか?気分、悪いですか?」 そう言いながら一子は良の頭の傷を調べた。 「・・・ありがとう。君は手つきがいいね。」 「そりゃそうさ。姉ちゃんは看護婦志望だもの。立派な看護婦になって兵隊さんのケガを治すんだもんね!」 「そうか。君なら立派な看護婦さんになれるよ。絶対大丈夫だ。」 良の誉め言葉に一子の顔は一層赤くなった。 「ところで――― ここには女の子がいないけど、どうしてなんだい?」 「何言ってるんだい。当たり前じゃないか。男女七歳にして席を同じふせず。だよ。夕べからお兄さん変だよ。女の人は別の防空壕にいるに決まってるじゃないか。」 「ああ、なるほどね。」 「それよりお兄さんの名前なんていうの?夕べ聞いたんだけど全然僕の話聞こえてないみたいだった。」 「ああ、ごめんよ。オレは優良の優・・・じゃ。」 「あ!優だね?良じゃ成績優秀じゃないもの。僕はね、いつも良と乙ばっかりなんだ。丙と丁を取らなきゃいいと思ってるんだけど、姉ちゃんはそれじゃダメだと言うんだ。一生懸命勉強して良い学校へ入れと怒るんだ。これからは勉強意する子に敵わないってね。でも僕は立派な兵隊になるのが夢なんだ。士官学校に入って憎いアメリカをやっつけてやるんだ!」 「そうか。でも姉さんの言う通りだぞ。いいか、ここだけの話だ。絶対誰にも言うなよ。この戦争は8月で終わる。それも日本が負けるんだ。――― 勝一!落ち着け!信じられないかもしれないが、オレは今から60年後の未来から来たんだ。夕べはオレもパニクってて事情を把握できなかったが、さっき目が覚めてやっと事情が飲み込めた。オレはタイムトラベルしてしまったんだ。何かの力がオレをここへ連れて来たんだ。」 「ひ・非国民!!敵国語を使うばかりかおかしな事言いやがって!助けるんじゃなかった!おーい!みん・・・ぐ!・・」 他の人を呼ぼうとした勝一の口を一子が塞いだ。 「静かにしなさい勝一!いい!神社の巫女さんの話を忘れたの?!」 「巫女さんの話?」 「はい。今から半年ばかり前のことです。島の巫女さんが突然私達に向かって奇妙な話をしたんです。1年以内に大変なことが起こる。しかし案ずることはない。遠方より助け人が現れる。その者の言動は不可思議な事ばかりだが、決して軽んずべからず、と。私達は何のことだかわかりませんでしたが、あなたの出現でその意味がわかりました。遠方というのは距離の事ではなかったのですね。時間を隔てることなどあり得ないと思いますが、現にあなたを見たら納得しないわけにはいきません。あなたが救世主なんですね?」 「ちょ・ちょっと待ってくれ!オレが救世主?んなわけないだろう!オレは平凡なサラリーマンだぜ。そんな大それたことできっこないよ!」 一子の手を振り払うと良は防空壕を出ようとした。その時地鳴りのようなゴゴゴゴという不気味な音が響いてきた。 「B29よ!早く中に入って!」 一子の声を吹き消すようにその巨大な物体は姿を現し、バリバリという轟音をさせた。爆弾が落とされたのだ。
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