「最近一子ちゃんの姿を見かけないけどどうかしたの?」 正吉が尊重についた善意のウソが原因で、外を自由に歩けなくなった良が心配そうに絹代に聞いた。 「そうなのよ。私も一子ちゃんの家に行って叔父さんに聞いたんだけど、勝一君がいなくなってから一子ちゃん、少し変になっていたの。それで村長さんの紹介でどこかの療養所に入れられたらしいわ。叔父さんもそこの名前は知らないと言ってたわ。でも私、叔父さんウソついていると思うのよ。私のカンがそう言ってるの。一子ちゃんは多分、座敷牢のような所に入れられてる!そう思うわ。でもあの家はそんなに大きくないからどこか違う所ね。」 そういう絹代の目が妖しく光る。 「どこかって?」 「はぁ。それが分らないから問題なんだわ。ねぇ良さんはどう思う?」 「うーん。そうだなぁ。オレには君のような優れた感覚はないから当てずっぽうで言うしかないけど。オレも叔父さんがクサいと思うよ。」 「くさい?そうねぇ。叔父さんお風呂に入ってないから確かに臭うけど・・・どうして臭いって分るの?」 「ハハハハハ。くさいっていうのはそういう意味じゃないよ。怪しいっていう意味さ。俺らの時代じゃ普通に使う言葉さ。」 「あら?そうなの。良さんの時代っていろんな言葉があるのね。私も行ってみたいな。」 夢見るような目つきで宙を見る絹代。 「きっと行けるよ。この戦争が終わったら急速に日本は躍進する。10年の間に飛躍的な進歩を遂げるんだ。だから絶対に負けちゃダメだ。君の将来はこの戦争を無事乗り切るかどうかで決まってくる。先は見えてるんだ。分かるね?一子ちゃんと勝一は大丈夫だ。だから君もしっかり生き抜くんだ。いいね!」 良の激励の言葉に深く頷く絹代。 「ところで母屋にラジオはあるかい?」 「え?ラジオ?あると思うけど。それがどうかしたの?」 「今日本がどういう放送をしているか知りたいんだ。もう3月も終わりだろう。東京に爆弾が落とされてから半月が経った今、どんなふうに情報が流されているかを知りたい。もし良かったらここに持って来てくれないか。ほら、オレは今動けないだろう。一応病人ってことになってるからさ。」 茶目っ気たっぷりにウインクしてみせる良。こんな表情を見たら綾子は悲しむに違いない。なぜなら良は綾子の前ではそんな顔を見せたことがなかったからだ。そのウインクに顔を赤らめる絹代。 「だ・ダメよ!そんな事。」 「え?何がダメなんだい?」 「で・電波が弱くって。ウチはなかなか入らないのよ。・・母屋でようやく聞ける程度なのよ。だからここでは無理だわ。」 「そうかぁ。じゃ君が聞いて知らせてくれ。なるべく新しいニュースをね。」 「にゅーす?それはどういう意味?」 「ああごめん。報道ということさ。」 「報道ね。分ったわ。少し待ってて。」 絹代が出て行くと良は今にも泣き出しそうな空を見上げ、フーッと息を吐いた。一体オレはこの先どうなるんだろう。ふとそんな想いが脳裏をよぎった。
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