勝一が行方不明になってから1週間が経った。その間、一子は絹代と共にいつB29が襲ってくるかもしれない恐怖の中、海辺の松林周辺をしらみつぶしに捜し歩いた。しかしその行方は杳としてわからなかった。 更に1週間が経ち、何かにとり憑かれたようにただ1人の人を捜し求めて歩く一子の姿は、村人の目には戦時下の中であってさえ異様な光景に映っていた。事実、村人の近くを通るときの一子は何やらブツブツひとり言を言っていたし、目が合うと“勝一!帰って来たんだね!”と叫び、誰彼構わず引っぱって連れて行こうとしていた。決して暴れるわけではないが、これではいつどうなるかわからない。と村人の相談を受けた上村は、叔父の勝と図って落ち着くまで彼女の身柄を村長宅で預かることにした。一子が入れられたのは勝一が監禁されていたあの土蔵だったが、その後一子を見た者は誰一人いなかった。
良が姿を消してから1ヶ月が経った頃。綾子が良の部屋を掃除していると、ひょっこり良の母、京子が訪ねてきた。 「お・おばさん!どうして?」 事情を知らせていなかったことに気付いた綾子は必要以上に動揺した。 「あら。綾ちゃん。来ちゃいけなかった?」 「い・いえ。」 益々動揺する綾子。 「良は?出かけてるの?」 京子の声はいつも屈託がない。 「は・はい。」 「どうしたの?顔色悪いわよ。」 「い・いえ。何でもありません。それよりどうしたんですか?何か急用でも?」 「急用ってわけじゃないんだけど。こっちに来る用事があったからついでに寄ってみたのよ。それにしても綾ちゃん、いつも掃除してくれてるの?」 「い・いいえ。いつもってわけじゃないんです。週に一度くらいです。あとは良ちゃんが自分でやっているみたいです。」 「あの子が?あの子にやらせたら片付けるどころか逆にゴミだらけになるわよ。あ!もしかしたら炊事とか洗濯もやらせてるの?」 「はい・・ついでですから。」 「んまぁ!全くとんでもない子ね!綾ちゃん迷惑かけてごめんなさいね。会ったらキツく言っておくわ。このままじゃ綾ちゃん一生お嫁に行けなくなるわよ。あの子も早くいい人見つけて結婚して欲しいわ。」 京子の最後の言葉は綾子の胸にグサリと響いた。京子は暗に綾子は良の嫁に相応しくない、いわば眼中にないということを仄めかしていたのだ。まぁ仕方ない、と綾子は思い直した。自分は両親を早くに亡くし、笹崎家の世話になっていたのだ。そんな娘を嫁に貰う道理がない。いずれにしても良と自分の間柄は幼馴染という域を出ていないのだ。そんな希望を持つのが変なのだ。綾子は小さくため息をつくと、さり気なく話題を変えた。 「ところでおばさん。鼓島ってご存知ですか?」 「つづみじま? さぁ。聞いたことがあるようなないような・・・で、そのつづみじまがどうかしたの?」 「良ちゃん、今そこに行ってるんです。」 「あら!出張だったの?それならそうと早く言ってくれれば良かったのに。――あら!もうこんな時間!本当はね、婦人会の人達とこれからはとバスに乗ってニューハーフショーを見に行くのよッ!東京魅惑のナイトなんとかってコースなの!お互いお父さん達には内緒なのよ!じゃあねっ!」 京子は綾子が出したお茶に目もくれず、嵐の如く去って行った。時間にすると10分程度の出来事だったが、ルンルン気分の京子の後姿を見送った後、誰に憚ることなく綾子は大きなため息をついた。
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