「お待たせいたしました。村長さんが直々に神社にいらっしゃるとは一体どんなご用件でしょう。」 「いや、神主さん。用というのは他でもない。お宅で世話をしている男の件なんじゃが。・・・ありゃ一体何者なんだね?どこの馬の骨なんだ?」 思いがけず上村の訪問を受け正吉は戸惑った。今まで直接上村が神社を訪ねて来たことなどなかったからだ。おまけにその用件というのが良のことだったので更に驚いた。 「は?ああ、良さんのことですか。あの人は馬の骨なんかじゃありませんよ。私の友人の息子さんでね、東京から疎開して来たんです。なんでも赤紙が来て入隊する直前にここに異常が見つかって免除になったそうなんです。しかし親としても華々しく送り出した手前、隣近所に顔向けできないということで、空気のいいこの島で養生がてら時を稼がせて欲しいと頼まれてうちで預かることにしたんです。それが何か?」 正吉は自分の胸に手を当てて良が肺病であるらしいことを暗にほのめかした。当時結核はまだ不治の病であり、一旦罹患(りかん)するとあとは死ぬのを待つばかり。と思われていた。しかも他人に伝染するのだから尚更始末が悪い。それを聞いた上村の態度が極端に軟化した。 「そ・そうか。あんたも大変じゃな。病気持ちの息子を預からにゃならんとは。」 「こんな時代ですからね。出来る事は何でもやりますよ。特に友人の頼みとあらばね。それに私の仕事は神に仕えることですから、どんな人にも平等に接するのが当たり前です。何とも思っておりませんよ。」 「難儀なことじゃな。しかしその男がもし何かしようとしたならすぐ知らせて欲しい。宜しいかな?」 「何か、と言いますと?」 「何かは何かだ!分ったな!」 じろりと睨みつけ上村は出されたお茶に手も付けず、肩をいからせて帰って行った。
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