翌朝早く。上村から使いの者が極秘で大島のもとを訪れ、至急村長宅に来るように告げた。何だろうと思いつつ大島は身近なところにあった服を着て村長宅の門をくぐった。 上村は大様に構えていたが大島の姿を見ると小走りに近寄ってきた。そして大島の耳にコソコソと何か囁くと自分はサッサと中へ入ってしまい、その後は顔を見せることはなかった。 一方重大な使命を科せられた大島は、がっくりと肩を落とした。しかし村長の命令は天の声と同じこと・・・重い足を引きずるようにあの土蔵の扉を開け、一歩足を踏み入れると腰を抜かすほどに驚いた。勝一の体は九の字に曲がっていた・・にもかかわらず右足が全く逆の方向を向いていたからだ。しかも正気に戻っていた勝一は痛さの余り、顔が腫れるほど泣いていたのだ。泣くといっても声も出ない状態のまま、ただ涙が顔中を濡らしていたと表現した方が合っていた。その光景を見た大島は勝一が不憫でならなくなった。上村の命令とは、土蔵の中にあるモノを人知れず始末しろ。というものだった。しかし小さい頃から知っている勝一の哀れな姿に大島の心は乱れた。そっと抱き起こし、背中におぶって誰にも見咎められないように村長宅を出た。だが、誰かが見ていたとしても、上村の家で起こった出来事に口を出すような者などいるはずもなかった。 「勝一。おっちゃんが悪かった。堪忍。堪忍な。」 お経のように呟きながら大島は海辺に向かった。公に助けることはできないため、ひとまず海辺の松林に勝一を隠し、一子を呼ぼうと考えたのだ。 「勝一。ここで待ってろ。今すぐ姉ちゃんを呼んで来るからな!」 泣きながら林の中に勝一の体を横たえると大島は何度も振り返りながら去って行った。
辺りが元の静けさを取り戻した頃。勝一のいるところから少し離れた場所に2つの人影がぬっと現われた。周囲に目を配り、小声で何やら話しながら勝一に近づいた。1人が勝一の体をそっと抱き起こすと耳元に何か囁いた。微かに目を開けた勝一の瞳がその姿を捉えると、どこにそんな力が残っていたのかと驚くほど強い力でその腕を跳ね除けた。 「お・お・おまえは!」 必死に抵抗する勝一を2人は楽々と抑え、大きな布袋に押し込むと、再び周囲を見渡しながらどこへともなく消え去った。 それから30分後。大島からの知らせを受けた一子がこっそり指示された場所に来た頃には、呼べど叫べど勝一の姿が現れる事はなかった。
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