翌日の月曜日。綾子は学校を休んだ。風邪を引いて熱があるという名目だ。しかし実際は良が勤める会社に辞表を出すためと、主のいないアパートを空(から)にしておくわけにはいかないので、少しの間良のアパートに居を構えるための準備をするのである。但し、良の許可なく引越しをするわけにはいかないため、綾子は自分の荷物を半分だけ運び込んだ。いつまでになるかわからないが、良が戻って来たら自分が出て行けば済む事だし、それに戻って来た時に自分のいる場所に生活感があれば少しは安心するだろうと考えての決断だった。元々彼の部屋は生活できるような食器類等や家具は最低限しか置いていなかったので、綾子の荷物が入ってやっと人並みな部屋になった。 その夜。突然の退職願に驚いた結城がアパートに訪ねてきた。応対に出た綾子を見るなりびっくりしたような顔つきになったが、特に不思議がることもなく用件を切り出した。玄関先で話すのもどうかと中に招き入れると更に驚いたようだった。 「あ・ああ。そういう事になったんですね?僕もね、その方が良いと前から思ってたんですよ。何人かの女性と付き合ったけど、笹崎に合う女性は綾子さんしかいないってね。そうですかぁ。」 1人納得する結城。 「あの。結城さん? 良ちゃんの事でいらしたんじゃ・・・」 「ああ!そうだった!一体どうしたんです?一昨日(おととい)の今日でしょう。あいつから何か言ってきたんじゃないですか?」 「ええ。今は帰れない。会社に迷惑はかけられないから辞表を出してくれって言われて出して来たんです。課長さんもこれ以上無断で休むならそうしてもらおうと考えていたみたいで・・・丁度良かったんです。ここも良ちゃんが帰って来るまでの間、時々泊まりに来ようと思っただけで、帰って来たら元に戻ります。」 「え?そんな面倒なことしないでこのままずっといればいいじゃないですか。」 「それじゃケジメがつかないでしょう。私達は単なる幼馴染みというだけですから。」 「そんな。あいつ気付いていないんですよ。綾子さんの大切さを。けど、ホントの話、あいつ今どこにいるんですか?綾子さん知ってるんでしょう?どこなんです?オレ、行って連れ戻して来ますから。」 「ありがとうございます。結城さんにそう言っていただくと良ちゃんもきっと嬉しいと思います。」 突然綾子は何を思い出したのか涙声になった。 「あ、オレ何か悪い事言いましたか?綾子さんを泣かせるつもりなかったんだけど・・・困ったな。どうすればいいんだろう。」 オロオロする結城に綾子はあなたのせいではないと謝った。 「あ、いや。オレの方こそすンません。でもあいつ、どこに行ったんだろう。綾子さんが行けないならマジでオレ迎えに行きますから。」 「いいえ。誰も行くことのできない所なんです。多分この世で良ちゃんしか行けない・・・」 不思議なことを言う綾子に良を捜しに行くと意気込んでいた結城の動作が止まった。 「どういう意味です?」 「あ、ごめんなさい。今は私にも上手く説明できないんです。いずれ良ちゃんの口から説明してくれると思います。」 悲しそうな表情でそう言われては結城もそれ以上追及することが出来なくなったようだ。 「そう・・なんですか・・。じゃ何か判ったらすぐ知らせて下さい。これからもオレ、ヤツの友達ですから。」 「はい。ありがとうございます。」 結城の肩を落として帰る姿を見つめる綾子の顔はそれ以上に暗かった。
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