神社に戻って来た2人を一子が待っていた。また勝一がいなくなったのだと言う。しかし絹代の反応はいま一つはっきりしない。いつもならすぐ一緒になって探してくれるのに今日は何故かおかしい。どうしたのかと尋ねると、絹代は良に目配せをした。 「実は・・・ビルがいなくなったんだ。」 「え?あの人?でもあの人ケガしてるじゃない。あんな身体でどこに行ったって言うの?」 「恐らくは・・・自分の存在を知られたくなかったんだろう。だから俺達に会った後すぐ姿を消した・・・」 「でも・・どこへ?」 「大丈夫。ビルはちゃんと自分のいるべき場所へ戻ったよ。」 綾子にその後のウイリアムの消息を聞いていた良は2人にその事実を説明した。 「そう・・じゃ、ビルは助かったのね。・・・良かった。」 ホッと胸を撫で下ろす2人。ところが次の2人の言葉に良は唖然とした。 「あやこって誰?良さんとどういう関係?」 女の子は1つの問題が解決するとまた新しい疑問が湧くものらしい。 しかし・・・困った・・・今までは綾子との関係を聞かれても単なる幼馴染みと言えば良かった。実際良は以前、綾子意外の女性との結婚を考えたことがあった。だが結局別れた。最後の決め手となるものがなかったのだ。ところが今、この時代にやって来て改めて自分と彼女との関係を考えてみると、単なる幼馴染み以上であったことに気付かされた。それを気付かせてくれたのが一子と絹代の素朴な疑問だった。 「どうなの?」 2人はまた口を揃えた。 「単なる幼馴染みさ。」 良はいつも口にするセリフをいつもの口調で言った。つもりだった。 「ウソ。今の言い方は単なる幼馴染みという感じじゃなかったわ。恋人。そうでしょう?それも結婚間近かの。キャー!!」 加えて何故か女の子というものはいつの世も想像力はたくましく出来ているようだ。 「オレが学校で習った歴史のイメージと今の君達とはかなりギャップがあるね。」 話題を変えるつもりはなかったが、ふと気になって良は言った。 「いめーじ?ぎゃっぷ?どういう意味?それって敵国語でしょう?ダメよ。そんな言葉使っちゃ。使ったら駐在さんに連行されるわよ。駐在さんならまだいいけど、憲兵に捕まったらスパイと見なされて拷問に掛けられるんですって。だから気をつけないといけないわ。いい? と言っても、この島には憲兵なんていないけどね。」 一子と絹代にかかったらどっちが年上か判らなくなりそうだ。 「でも、その意味はなに?」 「イメージは印象。ギャップは相違。つまり違いだね。オレの受けた授業では戦時下の日本は娯楽はもちろん、恋愛沙汰もご法度だった。欲しがりません、勝つまでは。の精神が根付いていたというものだったんだけど、実際は違うんだね。」 「うふふふふ。いやだわ。確かに表向きはそうだけど。ねぇ。」 意味深長な笑いをする2人。 「つまり。本音と建前は違うって大昔から決まってるじゃないの。 ねぇ!」 「あはははは! なるほどね! ってことはオレらとあんまり変わらないってことか!」 「良さんの言っている意味が判らないけど、つまりそういうことなのよ。 ねぇ!」 「じゃさ、聞くけど。君達は好きな歌手とか俳優はいるの?」 「私は断然長谷部 一夫!」 名前を口にしただけでうっとりする一子。 「私は何て言ったって上杉健よ。」 同様に絹代の目もうっとりする。 「ハセベカズオって誰?でも上杉健は知ってるよ。加藤雄一の父親だろ?」 「カトウユウイチ?知らないわ。それよりも長谷部一夫を知らないなんて変よ。あんなにステキな人なのにぃ。」 「仕方ないだろ。オレらはせいぜい加藤雄一世代なんだから。そうだ。加藤雄一の歌を歌ってあげるよ。・・・そうだな。・・うん、やっぱり加藤雄一といえばやっぱりこれしかないな。曲名は“君のために捧げる歌” いい? ・・・・あれ?どうしたの。一子ちゃん顔が赤いよ。」 「だって・・そんな歌詞。恥ずかしくて聴いていられないんだもの。」 外見もおとなしそうな一子はやはり内面もそうらし。巫女なんてやっていて、いかにも私は何も知りません顔の絹代の方がはるかに進んでいるようだ。 「ああそうか。ごめん、ごめん。やっぱり君達にはまだ無理のようだね。」 「良さん。その歌であやこさんに結婚を申し込んだのね?そうなんでしょう?」 ヤバッ!話が戻ってしまった。そう思った時には遅かった。結局2人の追及を免れることができなくなっていた。 「仕方ないな・・・どうしてもってなら話すけど・・オレと彼女は本当にそういう仲じゃなかったんだ。単なる幼馴染み。家が近くてあいつの両親が早く亡くなったからオレん家で後見人みたいなことをしていたんだ。ただそれだけさ。」 「でも――― 今は違う。そうでしょう?」 絹代は勘が鋭い。やはり巫女という特殊な能力を持った賜物か。 「ああ。ここに来てまだ数日しか経っていないのにあいつの存在が日に日に大きくなっていくんだ。もし帰ることができたならその時は君達の希望通り、はっきりと自分の気持ちを伝えるよ。でもまず帰ることが出来るかどうかが問題だ。」 最後の言葉は2人の胸にやけに淋しそうに響いた。
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