勝一は祠(ほこら)の外で良と絹代の会話を一部始終聞いていた。昨日神社を飛び出した後、駐在所に駆け込もうとその前まで行って立ち止まってしまった。“人間はみな同じ。肌の色で区別してはならない。大切なのは他人を思いやる気持ちと人の命。”良の言葉を思い出したからだ。 「勝一じゃねぇか。どうした?」 駐在の大島に話しかけられるまでそこに立っていた。 「あ・・・何でもねぇ。」 そう言ってまた勝一はどこかへ駆け出した。しかしそのまま叔父の家に帰りたくなかった彼は、フラフラと島中を歩いた。夜になって眠くなると絹代の家、つまり神社の境内で野宿をした。野宿には慣れっこだ。悪さをして叱られそうになるといつも大地を布団に満天の星を眺めながら眠った。境内はよく使わせてもらっているから真っ暗でも何がどこにあるかすっかり熟知している。そうして朝を迎えた。 朝になって良が起きてきた。するとまたあのおもちゃを取り出し、耳にあてて間もなく喋りだした。喋っているのはアヤコという女性らしい。話し方からするとただの友達ではないようだ。時々相槌(あいづち)を打つところからするとあれはおもちゃではなく、本当に電話なのだろうか。だが電話というものは、壁に付いていて箱の横にある棒をグルグル回し、交換手が出たところで送話口に向かって相手の番号を言い、一旦切って電話のベルが鳴るのを待っているものだ。―――― そうだ!あいつはオレがここにいるのを知っていておびき出すためにあんな芝居をしているんだ。その手に乗るオレじゃないぞ!改めて意気込む勝一の耳に絹代の慌てた声が飛び込んできた。 (ビルがいない?そうら見ろ!あの米兵は俺達に恐れをなして逃げ出したんだ。ざまあみやがれ!)内心ほくそ笑んだ勝一だったが、好奇心も沸いてきた。2人の後を付けると祠の陰に隠れ、その会話を盗み聞きした。 (東京が空襲に遭う?!) 確かに良はそう言った。昨日も同じことを言った。本当なのだろうか。こうしてはいられない。誰か大人の人に知らせなければ!再び彼は走った。走って駐在所の前にたどり着くと、今度は躊躇なく中に飛び込んだ。 「た・た・たいへんだ!と・とうきょうが空襲に遭う!」 息も切れ切れに叫んだ。 「どうしたんだ。勝一。姉さんが探しとったぞ。また何かやらかしたんだろう。あんまり姉さんに心配かけるんじゃないぞ。」 大島は勝一の言葉を端(はな)から無視した。 「そんなことどうでもいいんだ!大変なんだ!東京が米軍にやられるんだ!早く何とかして!」 「ば・ばか者!!何を言うのかと思えば。いいか、勝一。今、大日本帝国は南方で大勝利を収めている最中なんだ。デタラメを言うと子供だからといって容赦せんぞ。さぁさぁ姉さんが待っている。早く家に帰りなさい。」 大島は勝一の訴えに耳を傾けるどころか返って襟を掴み、駐在所の外につまみ出した。 「本当なんだよぉ!ウソじゃないんだ!」 「勝一!いい加減にせんと本当に怒るぞ。叔父さんにも言わなくちゃいけなくなる。さぁそんなことにならないうちにさっさと帰れ。」 大島は取り付く島もなく勝一を追い出した。しかしその事が後になって大変な騒ぎになろうとは2人とも想像すらできなかったのだ。
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