放課後。綾子は例の本を抱え、ふと気になって良のアパートへ立ち寄った。すると玄関先に良の同僚である結城 淳一が立っていた。 「結城さん?どうしたんですか?」 「あ!綾子さん! どうしたもこうしたもないですよ。笹崎はどうしたんですか?今日無断で会社を休んだんですよ。課長、カンカンで凄かったんです。夕べオレが一緒だったって課長知ってるもんだから、しつこく聞かれてホント困ってしまって。綾子さん、知ってますか?あいつ。全然連絡取れなくて・・・」 その口調から結城の困惑が伺えた。しかし綾子にも良の消息がわからない。今朝偶然電話がかかってきて鼓島のことについて調べて欲しい。と頼まれたきりその後全く連絡がないのだ。急に心配になった綾子は合鍵で鍵を開け、結城と共に中に入った。 中はいつもの通り、少々散らかったままの良の部屋だった。違ったのはコートが脱ぎっぱなしになっていたことだった。普段、身の回りのことには無頓着な良も仕事着のスーツやコートは大事にしており、脱いだらすぐハンガーにかけることを習慣としていた。心細いからと近くにアパートを借りていた綾子は週に1度、良の部屋を掃除しに来ていたのだが、コートが脱ぎっぱなしになっていたのはこれが初めてだった。 「変ね。良ちゃん、コートはいつもきちんとハンガーに掛けていたのに・・・それにスーツがないなんて。」 「――― 鼓島?何だ、これ。」 パソコンを開いた結城が声を上げた。良は帰宅するとすぐパソコンを開くという習慣を結城は知っていたので、部屋に入るとすぐスイッチを入れたのだった。 「え?・・・ああ、良ちゃんが調べていた海底火山の爆発で沈んでしまった島の事だわ。」 「はい?おかしいな。あいつ、昨日までは調べ物をしているなんてひと言も言わなかったのに。急にどうしたんだろう。」 「そうね。言われてみれば変だわ。私にもそんな事一度も言ったことはなかった。今朝急に電話を掛けてきて、理由は言えないが大至急調べてくれって言って勝手に電話を切っちゃったの。ああああ!考えたら腹が立ってきた!!なんでこんなことで私が悩まなくっちゃいけないのよっ!ントにもう!」 綾子の態度の変わりように慌てた結城は挨拶もそこそに何かわかったら知らせて欲しいと言い残し、足早に部屋を出て行った。残された綾子は一人愚痴をこぼしていたが、突然例の本を思い出し、コタツのスイッチを入れると深々と中に入り早速ほんのページを捲(めく)った。3月とはいえ、まだまだ東京は寒いのである。
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