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作品名:夢・幻(うたかた)の夢 作者:Shima

第8回   いざ 宇都宮!
  稲の家を出てから一時(いっとき)、2人はお互いの胸のうちを探るようにただ黙って歩いていた。歩幅も小さく歩みも遅い茉莉に合わせて、自然と数馬の方もゆっくり歩くようになる。従ってなかなか距離を稼ぐ事が出来ないのだが、短気なところもある反面、そうとわかったらいつまでも待つことの出来る数馬であった。今日は千住まで。とあらかじめ心積もりをして茉莉に声をかけた。
  「茉莉殿。今日は千住で宿を取ろう。」
「千住?でございますか?」
「左様。今宵は早めに休んで明日また早く出かけよう。」
「富良様。もそっと足を伸ばすことは出来ませぬか?」
数馬の提案は茉莉には不満だったようだ。
「そなたの気持ちも解からぬではないが、初日から頑張ってもあとが続かなくてはお話にならぬ。気ばかり焦っても身体が云う事を利かなくなりかねぬゆえ、これから先は朝早めに出て、途中休みながら陽のあるうちに宿を取ろうと思う。」
「なれど少しでも歩かねば・・・・宇都宮は遠いのでございましょう?」
「ふむ。なるほど。宇都宮は遠い。そなたの話は至極もっともな事。」
と一応茉莉の意見を尊重し、思案するように眉をひそめたが、やがて
「いいや。初めから無理をして身体など壊したのでは元も子もない。――― やはり早目に宿を取るという方向でいっては貰えまいか。」
身体を壊したのでは元も子もない。そう言われやっと納得するとまた黙って数馬の後を付いて歩き出す茉莉。最初から彼女の歩調に合わせているので左程辛くはないようだ。
  「茉莉殿。黙って歩いていても面白くない。これから俺達は一応夫婦ということで旅をするのだから、お互いの事を知っておく必要があると思う。少々訪ねても宜しいか?」
「はい。」
「あなたは許婚殿、つまり新之介という御仁をどの程度知っているのです?」
「どの程度。と申されましても・・・・わたくしは一度もお会いしたことはありませぬゆえ・・ただ父と新之介様のお父様が新年の宴にて取り交わしたものと聞いております。」
「なんと!酒の席で一身上の大事を決められたというのか!」
そのような大事な事を酒宴の席で決める、ということなど鏑木家では考えられなかったので心底数馬は驚いた。もっとも自分の知らないところで縁談が進んでいる、というのも五十歩百歩ではあるのだが。
「それであなたは承知なされたのか?」
「父も兄も申し分ないと申しましたし・・・・わたくし達女子(おなご)にとって縁組は家と家との結びつきだけに存在するものですから・・・承知するなどというものでは・・」
「それなら何ゆえ新しい演壇に躊躇するのです?」
いくらそれが当たり前だという世の中であっても、数馬はそういうしきたりに対して常日頃憤りを感じていたため、茉莉の意見を質(ただ)してみたくなった。
「あなたはお父上やご兄弟が良いと言うから嫁に行くのか?自分の意見というものはないのか?」
「わたくしは――― できる事なら今回の縁組はお断りしたいのです。たとえ酒宴の席であっても一度そうと決まったからには何としても新之介様をお捜し申して存念を伺いたいのです。妻に迎える気がないのであれば、はっきりと引導を渡していただきたい。そうせねば私の気持ちが収まりませぬ。」
杖を持つ手に自然と力が加わるところを見ると、茉莉の決意は並々ならぬものであることが窺える。
「では妻には出来ぬ。と言われたならその後は何とする。」
「その時は――― 墨衣(すみごろも)に身を染めたいと存じます。」
「なんと!出家なさるというのか?!」
「はい。父の勧める相手のお方に事情を話し、わたくしとのことはなかったものとして頂く所存です。」
「相手の男がどのような方かは存ぜぬが、黙(もく)していれば分らんでしょう。それをわざわざ公表せずとも良いのではないか?」
「いいえ。それではそのお方に申し訳が立ちませぬ。理由(わけ)ありの娘を貰ったとあとから判ったのでは死んでも死に切れませぬ。」
「うーむ。」
唸ったまま数馬は黙り込んでしまった。徳川の世も200年も続くと少しづつ乱れてきて、武家娘といえども借金の形に商人に嫁(か)す者も現れてきている今日この頃、茉莉のような娘がいることは希少価値に値するかもしれない。増して11代様は殊の外、好色であらせられ愛妾を何人も侍らせお世継ぎには困らないという話も聞く・・・・
その後2人は前にも増して言葉少なに足を運んでいた。


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