それから一月(ひとつき)あまり後、品川の船宿から南町奉行所に身柄を移された村岡兄弟は、数馬の特別な計らいで裁決が下されるまでの間、小石川の養生所で暮らすことになった。 取調べに対し彼等は一切隠し事はしなかった。村岡達一味は元々それぞれが上方の浪人の出で、その日暮らしの貧乏生活を強いられていた。加えて数年前に起きた火事のため家族と住まいを失くした彼等は、ある商人の用心棒として雇われていた。だがひょんなことから百姓達の一揆の先導をしたと疑われ、役人に負われるはめになったのだ。逃亡生活をしているうちにやけになった1人がどうせ捕まるならでかい事をしてやろう。と独断で押し込み強盗をしてしまった。それがまんまと成功したため賛同した他の者達に釣られるように村岡兄弟も押し込みをするようになった。たまたま小太郎という名前と一番の年長ということで首領に祭り上げられたのだという。押し込みに入った先に牡丹の花を残したのは仲間の一人が自分達の存在をより印象付けようと偶然庭に咲いていた牡丹の花をわざと落としたのがきっかけだった。それが人の口に上がるようになったため常用することにした。だが押し込みも5度、6度と回を重ねるうち役人の詮議が厳しくなり上方にはいられなくなって一念発起、江戸で大儲けをしようと下って来た。村岡は下見も兼ねて他の仲間よりも早く江戸に入った。そして仲間が揃うのを待って最初に押し入ったのが絹問屋の上州屋、次が材木問屋の越後屋、三度目に入ったのが札差屋の天満屋であったということだった。逃げた仲間達の行方は知らないということだったが、いずれ落ち合う場所は決めたあったらしく、村岡は事細かに供述した。それゆえ彼等の捕縛は時間の問題だろうと思われた。
そんなある日。1人の娘が奉行所を訪れた。娘は目が見えないらしく若侍に付き添われてやって来たのだった。ところがその場の雰囲気が尋常のものではないことを瞬時に察知したのか、若侍の後ろに隠れたまま奉行に名を聞かれても黙ったまま答えようとしない。若侍の励ましの言葉で漸く小さな声で『絹』とだけ言った。その日は天満屋の遺児、お絹に直接村岡兄弟を会わせようという面通しの日だった。そして絹を連れて来た若侍というのが他ならぬ数馬本人だった。村岡達は絹を見ても何の反応も見せなかったが、奉行の言葉にハッと身体を固くした。 「天満屋の娘?そんなはずは!」 思わず発した声に今度は絹の身体が即座に反応した。 「この人です!この人がお父っつあんとお母さんを!!」 それまで白州の雰囲気に怯えていた娘とは思えない程の大声で村岡達を指差し、その前に立つと村倉を掴んで思い切り揺すった。 「あんたのせいで!あんたの!・・・・」 そのまま号泣する絹。 「・・・・すまぬ・・・」 村岡はたったひと言詫びた。 「村岡さん。この娘はお絹といってね、あんた達が天満屋で押し込みを働いている間中ずっと押入れに隠れていたんだ。そして耳であんた達のしていることを視ていたそうだ。人数は6名。聞き慣れない言葉を話し、その中の1人は身体の具合が悪いのか、ひどそうにしていた。とね。俺はその話を聞いた後、あんたの失踪を知ってもしや、と思った。まさか直感が当たるとは思いも寄らなかったんだが、あんたが直の元を黙って去らなければ未だに下手人が判らず暗中模索していたと思う。」 あらかじめ発言の許可が奉行から出ていたので、数馬は絹の言葉を補った。 「・・・・・天知る地知る我知る人知る・・・天網恢恢祖にして漏らさず・・・やはりあなたには敵いません。―― お絹さん。私はそなたの言う通り、ご両親を仇敵です。逃げ惑うあの人達を容赦なく切った男です。・・・武家であれば敵討ちというところだが・・・この上はお奉行に言上し、一刻も早く獄門台に上がるからそれで気を鎮めて頂けまいか。」 再び泣き出す絹の背中を撫でながら優しく語り掛けるその姿には、灯篭組の首領として世間を震撼させた盗賊の影は微塵も感じられなかった。
それから半月後。灯篭組の首領として名を轟かせた村岡小太郎、兵吾兄弟は異例の早さで小塚原の露と消えた。最後の姿を見届けようと刑場に赴いた数馬は、 「花は桜木、人は武士。とはよくいったものだ・・・」 と2人の散り際の見事さに改めて感服し、形見となったほおずきを見つめた。そのほおずきもまた、元の主の死を悼むかのように干からびて黒く変色していた。空を見上げると眩しいばかりの太陽が燦燦と輝いていた。
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