診察を終えた医師が数馬を外に連れ出した。村岡兄弟は両奉行がきっちり見張っているので安心だろうと数馬は医師の後に続いた。 「いかがですか?具合は。」 「あの処置は一体どなたがしたのですか?」 「どなた、とは?」 「恥ずかしながら手前の手には負えません。あの処置を施した方でないと・・・」 「なんと!・・実はあの者は井上直という医師の患者で、あれは井上が自ら行なった処置でございます。」 「井上?!ではあの麻沸湯の井上殿のご舎弟か!これは何とした事を!鏑木様、即刻井上殿をこれへ呼んで下され!あの者を救えるのは井上兄弟をおいて他にはございません!」 後になってみれば、医師梅庵の判断は正しかった。村岡の傷は内部で炎症を起こし、腸が癒着していたのだ。数馬は自分の権力をこの時ばかりは最大限に利用し、両奉行がお互い協力し合い、即刻井上兄弟を連れてくるよう命じた。 その間、梅庵が手当てをしていたのだが、傷口を覆った布が交換するたびたちまち血で真っ赤に染まっていく様を見るにつけ、数馬は人の命というものを考えさせられた。つまり、たとえ極悪非道の限りを尽くした悪人であっても、目の前で苦しんでいる者を見殺しにしてはならぬということを痛感したのだ。いずれ獄門が免れない者しかり、である。 兵吾は絶えず村岡の額に滲む汗を搾った手ぬぐいで拭っていた。口の利けぬ弟とどのように生きてきたのか、ふと数馬は村岡の人生を思った。どのような事情で悪の道に身を転じてしまったのか。なにゆえ江戸に出てまで悪事を働いたかをである。 「鏑木様!井上殿はまだでしょうか!早くしないとこの者の命が持ちません!」 梅庵の言葉に数馬はハッと現実に引き戻された。梅庵の言葉にはありありと苛立ちが感じられたが、数馬とてどうすることもできない。何とか持たせてくれと頼み、たまらず宿の外に出てみた。刻一刻と命の火が消えていく村岡。日ごろあまり信心深くない数馬であったが、この時ばかりは神仏両方に祈った。
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