それからの数日間は城中での仕事が繁多で帰宅も遅く、数馬は直から頼まれていたお絹との面会を果たす事ができなかった。自宅へも度々井上家からの使者が来ていたのだが、その都度茉莉は申し訳なさそうに主人の不在を伝えるのだった。 漸く時間が取れるようになったのは、話を聞いてから更に7日後の事だった。 事件後、柴田家に身を寄せていた絹は、静香に手を引かれ数馬と直の待つ部屋へ入ってきた。目が見えないということを除けば絹は想像以上に美しい娘であった。異母姉妹ということもあってか、面差しは静香によく似ていた。違うのは育ってきた環境だろう。静香はお姫様らしくおっとりした感じが随所に見えていたが、絹は町娘らしいハツラツとした印象である。だがそれも目前で義両親を殺されたという恐怖が身体全体を覆っていた。 数馬の前に座った絹は、不安げな表情を隠しきれない様子でソワソワしていたが、静香から直様のご友人ですから何も心配しないで聞かれたことを正直に話すのですよ、と耳打ちされると微(かす)かに頷いた。 「お絹さんだね?俺はあんたの姉さんを好いている直の友達で数馬ってんだ。かずは数えるの数、まは馬の馬だ。解かるかい?」 突然数馬が静香を好いている直と言ったので、当の2人は大慌て。すぐその場を取り繕うとしたのがかえって功を奏し、絹の表情がおきゃんなものに変わった。 「はい!あたしは絹です。数馬さんもそう思われるでしょう?あたしはいつも姉さんに早く直さんと一緒になればいいのにって言ってるんですけど、この2人たら本当に奥手なんだもん。見ているこっちの方がイライラしてきちまうんですよ。」 「お絹!!」 静香が真っ赤になって睨んだが、元々目の見えない絹にはそれが全く通じない。 「だってそうなんだもん!」 「そうか。それなら俺が2人の仲を取り持ってやるから安心するがいいぞ。」 「本当?良かったぁ!これで安心できるわ。数馬さんていい人ですね!」 「いい人か。それは嬉しいね。お前のような別嬪にそう言われて嬉しくない男はいないぞ。」 「別嬪?あたしが?うれしいわ!そういう数馬さんも美男子だわね?あたしわかるの。声の感じとかでね。ああ、この人はこういう顔立ちだろうなって。姉さんどお?あたし当たってるでしょう?数馬さん美男子でしょう?」 「え?ええ。それはもう。」 「お絹。それはいかんぞ。それを言うなら直さんの次に美男子でしょ、と聞くのが筋というものだ。」 「あ!そうだった。ごめんなさいね。直さん。」 見えぬ目を真っ直ぐ直の方に向ける絹には、本当に見えないのか?と疑わせるものがあった。 「お絹。お前、目が見えぬというのはウソではないのか?」 数馬の突然の問いかけに、部屋の空気が一瞬凍りついたかにみえた。だが・・・ 「――― 近頃みんなあたしに気を使ってそんなこと真っ直ぐに聞く人なんかいなかったわ。―――― 数馬さんて本当にいい人ね。でもあたしウソは大嫌いよ!ええ。正真正銘生まれつきあたしの目は見えないわ。けどね、時々見える人よりも見える時があるってわかったのよ。」 「へぇ。それはいつのことだい?」 「・・・・あいつらよ!」 絹の目が怒りに燃え、身体がブルブル震えだした。 「あいつら?あいつらって誰のことだい?」 「お父つぁんとおっ母さんを手にかけた奴等!! あいつらが押し込んできたとわかった時、おっ母さんはあたしを押入れの中に隠したの。でもあたしには耳があったからどんなに身を隠してもちゃんと外の様子は見えていたわ。賊は6人。太郎、二郎、三郎、四郎、五郎、六郎。それぞれの名を呼び合って暗がりでも居場所が判るようにしていた。すると――― 」 急に絹は話を止め、じっとうな垂れた。大粒の涙が見えぬ目から溢れ出し、それを絹はゴシゴシと手の甲で拭った。不憫な娘だと数馬は思った。たとえ血の繋がりはなくとも生を受けてから14年間、ずっと父と呼んできた男がみすみす賊の手にかかり、それを傍で殺されるのを助ける事も出来ず、ただじっと視ていたのだ。もしかしたら自分も同じ目に遭うかもしれないという恐怖に慄(おのの)きながら、時がたつのをじっと待っていたのだ。やはり先程までの異常な明るさはその時の恐怖を思い出すまいとした深層心理の表れだったのだろうか。 「・・・・すまなかったな。思い出したくないことを言わせてしまった。」 「・・・いいえ、いいんです。・・・あたし、きっと仇を取ってやるんだ”あいつらを見つけて絶対に!」 「・・俺にも少し手助けさせてくれないか?これでもちょっとは役に立つぞ。」 「え?・・・いいの?」 「ああ。だがな、そうするにはあいつらの事をもう少し思い出してもらわにゃならん。いいかい? そうか!それじゃ聞くが、あいつらのことで他に覚えている事があったらどんな小さなことでもいいから話してくれないか?」 目に一杯涙を溜めてじっと考え込む姿に、静香は我慢出来ず嗚咽を漏らした。直の手がそっとその身体を包み込む。 「・・・何を話しているのかはわからなかったわ。あんまり喋らなかったし。喋っても言葉がよくわからなかった。ただ・・その中の1人が具合が悪そうだった。」 「具合?どんな風に?」 「う――ん。右足をね、引きずってどっかを庇って歩いていたみたいだったの。声に出してはいなかったけど、最後に出て行く時に待ってくれと言ったのは覚えているわ。とってもひどそうだった・・・」 「右足?どうして右だってわかったんだい?」 「どうしてって。・・・だからさっき言ったでしょう。見える人よりも見える時があるっていうことがわかったって。」 「そうか。・・・あとは何か思い出したことはないか?」 「あとは・・・お奉行所で話した事しか思い出せない。」 「今の話も奉行所で言ったのかい?」 「ううん。今のはね。直さんが今日一緒に来るって聞いて思い出したの。お医者様は具合の悪い人を治すでしょう。だから急に思い出したのよ。」 「そうか。・・・すまなかったな。悲しい事を思い出させて。」 労わるように数馬は絹の手を取った。一瞬絹はビクッと身体を震わせたものの、恐る恐るその手を握り返し、片方の手を数馬の顔に近づけた。数馬がされるがままになっていると、もう一方の手で反対側の顔を触った。一本一本の指で嘗め回されているような感触だった。 「・・・・・やっぱり。思った通り。数馬さんは役者にしたい位の男前だわ。――― ね!きっとよ!きっと仇を討ってね!」 最後に真剣な目を向けると、絹は再び静香に手を引かれ部屋を出て行った。
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