「・・・・静香という娘から聞きました。」 名前を言った途端、直の顔は真っ赤になった。どうやら酒のせいばかりではなさそうだ。 「女か。しておぬしとその娘とはどういう関係・・・!もしかすると・・」 黙って頷く直。 「おぬしも隅には置けんなぁ。で、武家娘か?・・・そうか。・・・察するにその娘の家に出入りしていたのが天満屋で、そういう関係でおぬしのことが判り、お絹が患者として来た、というわけか。」 「はい。」 直の声は今にも消え入りそうだ。 「ゆくゆくは夫婦(めおと)になるのか?」 「そのつもりです。」 「左様か。・・・それでその一味は?」 「はい。天満屋を襲ったのが7日前。その後は足取りさえ掴めない状態のようです。」 「余罪はあるのだな?」 「江戸にその姿を現してからちょうど2月(ふたつき)になりますが、天満屋を含み3軒の大店(おおだな)が襲われています。」 「2月(ふたつき)前ということは、俺がおぬしとであった頃だな。それにしても公儀も知らぬとは職務怠慢か。・・・現在(いま)は北町か・・・」 「そこで数馬殿にお願いがあるのです。―――― 天満屋の仇(かたき)を討っていただけませぬか!」 「何だと!」 「数馬殿に漁火一味を捕えて頂きたいのです!」 「馬鹿なことを言うな!俺は奉行所の人間ではない!」 「それは重々承知しております。あなたが目付けであるということも。それを承知でお願いするのです!江戸で一番の剣の使い手であるあなたにしか出来ない事なのです!」 畳に額を擦(こす)り付けるように頭を下げる直。 「・・・そこまでしておぬしを駆り立てるものは何だ?」 「は?」 「俺に土下座まがいのことをしてまで仇(かたき)を討ってくれと頼む理由だ。」 「―――――― 実は・・・」 と直がぽつりぽつり話し出した内容は驚くべきことだった。絹という娘、実はさる武家の落とし種なのだということ。14年前にお手つきになった女中が赤子を孕(はら)んだまま天満屋へ払い下げになり、そこで絹を産んだ。それは周知の事実だったが、不憫に思った本妻の娘がお絹親子を屋敷に出入り自由とし、そのまま現在に至っているということだった。 「・・その武家娘がおぬしの想い人というわけか。」 答える代わりに直の顔が再び真っ赤になった。 「していずれのご家中だ。」 「はぁ。・・直参旗本、柴田日護守殿のご息女です。」 「直参? おいおい。おぬしまた大変な娘と恋仲になったものだなぁ!」 「はぁ。何ともこればかりは・・・」 「静香殿もおぬしの患者だったという事かい?」 「いいえ!静香殿のお父上が兄の患者でした。ある日、代診として柴田家を訪れた際、一目ぼれをしてしまって・・・」 「で?手を付けた、か?」 「と・とんでもない!私達はそんなことはしておりません!」 額に筋を立てていきり立つ直。 「すまん、すまん!冗談。冗談だ。おぬしは俺とは違う、ということを忘れていた。 話を戻そう。その静香殿にお絹の両親の仇(かたき)を討って欲しいと頼まれたんだな?」 「はい。ところが私は医学以外何の心得もない男です。そこで数馬殿にお願いしたいのです。」 「しかしそれは奉行所管轄であろう。」 「その奉行所が心許(こころもと)ないのであなたに頼んでいるのです。どうかこの通り!!」 再び土下座する直に、数馬は大きなため息をついた。
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