20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:夢・幻(うたかた)の夢 作者:Shima

第64回   祝言
  それからはとんとん拍子に話が進み、仲人を買って出た鳥居左馬介の采配の下、祝言の日がやってきた。
数馬は武家のしきたりも大切とは考えたのだが、今日この日を無事迎えられたのは身分の上下関係なく自分達のために骨身を惜しまず尽くしてくれた人達と思い、その全員を招待することにした。宗九・直兄弟、稲はもちろんの事、新之介ははるばる川越から野菜をどっさり手土産に出席した。初め、新之介は江戸の土を踏む事にかなり躊躇していたが、数馬の尽力により天宮家と5年ぶりに和解した彼は、数馬の説得により出席することにようやく承知したのだった。また数馬の異色ともいえる友人である粂八は、恐れ多いと固辞したが、茉莉にどうしても!とせがまれ、落ち着かない様子で膳の前に座っていた。隼人夫婦はにこにこしながら宗太郎夫婦と語り合っている。彼等にも間もなく第一子が誕生することで喜びもひとしおである。しかしせっかく生まれてくる子供は同時に両親以外祝ってくれる身内がいない、という淋しい運命も背負っていた。

  三々九度の固めの盃を済ませると、喜びと酒に酔ったのか上機嫌の主水が『高砂』を詠うと言い出した。日下部家の人々は揃って止めたのだが、数馬はせっかくお義父上が詠ってくださるのだから、と言ったのが運のつき・・・唄が始まってすぐ数馬は自分の失敗に気付かされた。音痴などという言葉では言い表せないほど主水の唄はひどいものだった。たまりかねて隣を見ると、茉莉はじめ日下部家の関係者全員が小さくなっていた。その様子を見て数馬は思った。(自分達の子供が音痴だったならそれは日下部家の血筋だな。)と。
  その後、宴は滞りなく進み、お開きの時刻になった。招待客はそれぞれの思いを胸に帰宅し、鏑木家の使用人たちも今日だけは早めに自室に引き下がった。
主(あるじ)の部屋へ通された茉莉は、今日からこの家が自分の居場所なのだと改めて痛感した。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 12