それから一ヵ月後、九頭竜隼人の採決が下される事になった。それに先立って数馬は、鳥居から老中達に事情を説明せよと命ぜられ、度々城中に上がっていた。 審問は主に九頭竜隼人助命嘆願の理由と、助命後の処遇についてである。数馬は手を変え品を変えた同じような質問に何度も答えた。それはまるで数馬自身が罪人であるかのようなやり方だった。それらは結果の出る前日まで続き、最後の説明を終えて城門から出たときにはぐったりと疲れ果て、見兼ねた粂八が駕籠やを雇ってきたほどだった。
それほどの働きをしても当日の裁定に参列することのできぬ数馬は、じっと鳥居家の座敷で結果を待つ身であった。できることは全てやり尽くした。あとは上層部がどういった裁断を下すかにかかっていた。 評定の開始予定は巳の刻。たっぷり二時はかかるだろうと踏んでいた数馬だったが、意外に早く鳥居が戻って来たので驚いてしまった。 「小父上!」 「どうしたのだ。お前らしくもない。そのように慌てて。」 「結果は!九頭竜殿はどうなりましたか!」 「うむ。・・・・そちの働きのお陰でな。九頭竜隼人は今日付けで無罪放免。加えて上様より外来国担当の役人に任ず、との職を与えられた。」 「え!?」 「生きてお国のために働いてくれと上様は仰せられたのじゃ。」 「あ・ありがとう・・ございます!」 「そちの働きのお陰じゃ。儂はほんの少し口添えをしたまでのこと。・・良かったな。数馬。」 「は・はい!・・してこの事は?」 「日下部家にはすでに儂の配下の者を走らせた。」 「小父上!重ね重ねのご配慮・・」 あとは言葉にならない数馬。 「それにしてもそちは奇特な男じゃ。何の得にもならぬのに一身に代えて他人を助けようとするとは。」 「小父上。それほどの人物なのですよ。九頭竜隼人という男は。それで奥方と九頭竜家は?」 「お構いなし。今まで通り忠義を尽くして欲しい。ということじゃ。」 「ありがとうございます!」 「既に役宅が充てがわれているゆえ、そちらに住むことになるだろう。」 「なんと、役宅まで! それはそれは・・・それで釈放はいつ?」 「儂がお構いなしの沙汰を聞いてからかれこれ一時ほど経ったからもう釈放されているのではないか・・これ!どこへ行く!数馬! あれ!もう姿が見えぬわ。やれやれ相変わらず無鉄砲な男よのぉ。じゃがそれが周りの人々の心を惹き付けるのであろう。得な男じゃ。」 鳥居が呼び止める間もなく数馬の足は役人達が住む日本橋界隈に向かっていた。
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