「宗太郎殿。これからはわたくし事の話をいたしませぬか。」 ニコッと笑いながら数馬は言った。 「は?」 感動の余韻が残る宗太郎は数馬の言わんとするところが把握できないようだ。 「茉莉殿のことですよ。」 「え?」 「実は某(それがし)茉莉殿とは面識があるのです。」 「え?そんな筈は・・・」 訝(いぶか)しげな宗太郎に数馬は茉莉との一件を語って聞かせた。話が終わると宗太郎は言葉も出ないほど驚いた様子だった。 「あなたが驚かれるのも無理はありません。何しろ当の本人が一番驚いているのですから。ですが某(それがし)のことは見合いの日まで妹御には内密にしておいて頂けませぬか。」 不審がる宗太郎に数馬は笑いながら言った。 「気の進まぬ縁談を自分の運命と諦めている茉莉殿の心根が直らないうちは某(それがし)の正体を明かしたくないのです。イヤなものはイヤだとはっきり意思表示し、その上で自分から進んで某(それがし)の下へ輿入れしてもらいたいのです。それがたとえ富良風太郎であっても構いません。ですから今は鏑木数馬と富良風太郎が同一人物だということは伏せておいて頂きたいのです。」 「そうでしたか。・・・して、このことを知っているのは。」 「稲殿、直殿。あとは鳥居殿と某の兄でござる。」 「・・・・分り申した。貴殿の仰るとおりにいたしましょう。・・ところで鏑木殿。貴殿は妹をどう思っておいでですか?」 「某はずっと旅を供にいたしまして。」 と数馬は前置きしておいて、 「茉莉殿はとても優しく聡明です。自分の見合いの相手はいつしか茉莉どのであってくれればいいと何度思ったことか。いやいや、正直に申しましょう。某は茉莉殿に惚れてしまいました。一生を供にするのは茉莉殿しかいないと心に決め、旅の後半はずっとそう思っておりました。」 「なんと!ありがたい!自慢するわけではござらぬが妹は幼少の頃より母のいない子供でした。それなのに気は優しく美しい娘に育ちました。そこをご理解いただき誠に嬉しゅうございます。」 「お父上とあなたの育て方が良かったのですね。そういう茉莉殿を娶ることのできる某は天下一の果報者。」 「あ・りが・・とう・・ござる。」 数馬の両手を取って宗太郎はまた泣いた。その姿を見た数馬は、心底自分という人間は周囲の人々に恵まれているということを痛感した。
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