鏑木数馬の名前で鳥居家に呼びつけられた宗太郎は、茉莉の縁談が壊れたのでは?とビクビクしながら座敷へ入った。 そこには鳥居らしき初老の侍と、男でも見惚れてしまうほどの若侍が対座していた。お互いにこやかに談笑しているところを見ると旧知の仲なのだろうと推測できた。宗太郎が用人によって紹介されると、すぐ若侍の方が自分は鏑木数馬であり、突然こんな形で呼び出し、申し訳なかったと謝った。 「此度(こたび)は日本の一大事ともなりそうなことでしたので、内々で来て頂きました。」 引き続き数馬はすぐ本題に入った。しかし宗太郎にはちんぷんかんぷん。何故妹のことが日本の一大事なのだろうか? 「あの。実に不躾ながら・・・お尋ねの件はいかなる・・・」 「ああ!某(それがし)としたことがっ。申し訳ござらん。・・・実はあなたのご友人、九頭竜隼人殿の一件でござる。」 「えっ!隼人が!隼人が罰を受けるのですか!」 宗太郎の面相が突如として変わった。 「いや、そうではござらん。そのことであなたに来て頂いたのです。実は最近、井上直殿と会う機会がありました。その折、九頭竜殿の話を伺い、先程某(それがし)の一存で隼人殿に面会に行って参りました。日下部殿、あの御仁は死なすには惜しい人物です!何としても助けたいと大目付、鳥居殿に助命嘆願をしていたのです。聞けばあなたとは竹馬の仲というではありませぬか。私達は近いうちに義兄弟となるのです。その義兄上様が難儀しておられるのを黙って見逃すわけにはいきませぬ。ですから宗太郎殿!一緒に隼人殿を助けましょう!」 「えっ?私を兄と呼んで下さるのですか?てっきり私は縁談を白紙に戻して欲しいと告げられるのだとばかり・・・かたじけのうございます。・・鏑木殿!隼人は天才です!あいつのためなら私は、我が命を差し出しても良いと幼少の頃より思っておりました・・・」 男泣きする宗太郎に数馬と左馬介は顔を見合わせ頷いた。 「日下部殿。」 そこで初めて左馬介が口を開いた。 「はい・・・」 流れる涙を拭おうともせず、宗太郎は顔を上げた。 「そなたの心根(こころね)、しかとこの鳥居が受け取りましたぞ。きっとこの件は上様に上申いたし、九頭竜殿のお命お救いするべく、微力ながらこの鳥居力の限り尽力いたしましょう!」 「あ・ありがとう存じます!」 うれし泣きする宗太郎を数馬は別室に連れて行った。
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