一旦稲の庵に身を寄せた茉莉は、翌日連絡を受けた日下部家からの迎えで屋敷に戻った。しかし安心したのか帰宅後再び発熱してしまった。そこで茉莉を送って来た稲と直の手厚い看護を受ける事になった。 7日目になってようやく食事が摂れるまでに回復した。だがまだ起き上がる事はできない。その上時々ため息を漏らす様子に直と稲は首をかしげた。思い切って訊ねてみてもただ首を振るばかり。一向に原因がわからない。そんな様子に父、主水(もんど)や兄、宗太郎も戻ったなら金輪際屋敷の外に出られぬようにしてやる、と息巻いていたのが完全に当てが外れてしまった。あとは茉莉の回復をオロオロと待つ父と兄の姿があった。 更に7日が経ち、やっと起き上がれるようになった。病は既に完治しているはずなのだが、相変わらず部屋に籠もりきりで人と会うことを嫌がり、身の回りの世話をする稲、腰元2人、直以外の者とは一切会おうとしなかった。 ところがひょんなことからその原因が判明した。茉莉が戻ってから1ヶ月後のこと。診察に来た直が茉莉に富良様から手紙を預かって来ましたと告げた途端、その手から手紙をひったくるように奪い取ると、むさぼるように読み始めた。唖然とその姿を見ていた直は、ハハァと新たな手当ての方法を思いついた。 手紙を読み終えた茉莉は今までの病はどこへすっ飛んだのか、お腹が空いたので何か食べるものを下さいと言い出した。直はわかりました!とばかり部屋を出ると真っ直ぐ稲のところへ注進に走った。 「ええ?!恋煩い?」 話を聞いた稲は腰を抜かさんばかりに驚いた。 「そうですよ!そうでなければ思い当たる節がありません。現に富良様からの手紙を読んだ途端、お腹が空いた、何か食べるものが欲しい。ですよ!私の話を不審に想われるなら稲殿、ご自分の目で確かめて下さい。」 直の剣幕に疑問を感じながらも茉莉の部屋へ赴く稲。襖を開けた途端、その言葉通りの場面に遭遇することになった。 「お・お嬢様?」 恐る恐る声をかけると、 「ばあや、井上様から聞いたのね。わたくし、お腹が空いてたまらないの。何か持って来たのでしょう?早く下さいな。」 と、以前の茉莉に戻っている。手ぶらで来てしまった稲は慌てたようにお勝手に戻り、準備していた粥を持って再び茉莉の部屋へ行った。
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