数馬から日下部茉莉との繋がりを聞いた静馬は、白々と夜が明けるのも構わず話に耳を傾けていた。 「・・・世間は狭い。とはよく言ったものじゃな。それで茉莉殿はいまだにお前のことを富良風太郎だと思っているわけじゃな?」 「はい。」 「ううむ!それでいつになったら正体をばらすのじゃ?この後に及んでは本名を名乗っても都合が悪くはあるまいに。」 「実は見合いの席で驚かせようと思うております。他の者達にはそれなりの理由があるように申しましたが、実は理由などないのです。ちょっとした悪戯(いたずら)心が災いしただけのことです。兄上だからこそ話せる事実でしょうか。」 「お前は意地が悪いのぉ。それでは茉莉殿はいやいやお前と見合いをせねばならぬのか。可愛そうに。」 そう言いつつ静馬もその情況を思い浮かべにんまりとした。 「兄上こそ。私に茉莉殿との話に勿体をつけていたでしょう。本当に悪いのは兄上だ。」 「お前に言われとうないわ。」 「いかにも。はははは!」 互いの顔を見合わせ笑いあう2人。ひとしきり笑った後、思い出したように静馬が言った。 「そういえば天宮家ではご息女に婿を迎え、跡目を継がせることになったそうじゃ。」 「ほう!それはそれは。新之介には雨宮家を継ぐつもりはありませんからご当主も安心されたことでございましょう。いずれ新之介は百姓になると申しておりましたし、来年には子供も産まれるそうですから。」 「人の行き方というものはさまざまじゃな。私も今こうしてお前と楽しく語り合っているが、いつどうなるかわからぬし。いや、世を儚んでいるのではない。新之介という若者とて百姓としていつまで生きられるかわからない。お前だってもしかすると明日、心の臓の病を起こすかわからぬのだからな。だからこそ生(せい)を受けているうちに精一杯やりたいことをやらねばならんのだ。」 静馬の言葉は数馬に、というよりはむしろ自分自身に言い聞かせているようだった。 語り合っているうちに疲れが出たのか、静馬の顔には隈(くま)が現れてきた。数馬は求めらるままいろいろな事を一気に話してしまったことを少々後悔した。そこで自分に旅の疲れが出たからと理由をつけて静馬の部屋を辞した。
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