その夜遅く、数馬は自宅に戻った。用人の佐々岡が数馬の帰宅を知って寝姿のままで出迎えた。 「じい。年なのだから出て来ずとも良かったのに。」 からかうような数馬に気分を害した様子もなく、 「私が年寄り?ご冗談を!まだ40になったばかりですぞ。」 「40?!おまえを見て世の中の何人が年を言い当てられるかな?」 「それはご舎弟殿のせいでござりましょう。あなた様がもう少し大人しゅうなさって下されば、私はまだまだ闊達(かったつ)でいられるのです。最近は冷えますと足やら腰やらが痛うて・・・」 「それみい!俺のせいにするからじゃ。仏様は何もかもお見通しと見ゆる。ははは! ところで兄上は?」 「とうにお休みでございます。」 「そうか。では明日にするか・・」 「いいえ。静馬様からあなた様が戻られたなら何時(なんどき)でも良いから知らせるように、と命ぜられておりますので、私一存で腰元に連絡させました。」 「ほう!何ぞいい知らせでもあったのか?じいは何か聞いておるか?」 「いいえ。私は何も。それよりも早くご挨拶に参られた方がよろしいのではありませぬか?」 「おお!そうだった。」 と行きかけて数馬は佐々岡の方へ向き直り、優しく声をかけた。 「すまんな、じい。そなたには苦労ばかりかける。いずれきっとこの埋め合わせはするからな。」 とっさのことで何も言い返せない佐々岡だったが、その膝にポタッと水がこぼれたのを数馬は見逃さなかった。
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