数馬は客間に通され、それまでとは打って変わったもてなしを受けた。茉莉は別の部屋に通されたものとみえる。 しばらくして老婆が現れ、それまでの無礼を謝罪した上で茉莉を助けてくれた事に対し改めて丁寧な礼を述べた。 「わたくしは茉莉様のご母堂様付きの乳母で稲と申します。お嬢様が生まれ、母君様が3年後にお亡くなりになられるまでお側に仕えておりました。お嬢様がお困りのときわたくしめを思い出してくださったのは大変嬉しゅうございますが・・・」 チラッと茉莉のいる方を見た。やはり当惑しているのだろうと数馬は話題を変えた。 「お稲さん。あんたはさっきから茉莉さんをお嬢様と呼んでいるようだが。」 と、一旦言葉を切り、冷たくなった茶をすすった。 「はい。さるお旗本のお嬢様でございます。それがこのようなことをなさるなんて・・」 「乗りかかった船。と申しては軽すぎる言葉かも知れぬが、茉莉さんの捜しておられる御仁がどれだけ大切なお人か存ぜぬが、ここはあんたの力で止(や)めさせる方向に持っていったほうが賢明だと思う。差し出がましいようだが宇都宮は深窓のお嬢様が1人で行けるようなところではないですぞ。」 「はぁ。ですがお嬢様は一旦言い出すとテコでも動かない方ですから・・・」 困っている。明らかにこの気丈な乳母は困っているのだ。 「だが今も申したが、到底1人で行けるような・・・お!そうだ。そなたがお屋敷に連絡し、そちらから尋ね人を捜して貰えば良い。」 ポンと膝を叩く数馬。もとい、風太郎に稲は悲しそうな目を向けた。 「それができればお嬢様もこんな危ない橋を渡ったりしますまい。公に出来ぬ事情があるますればこそ、思い余ってお屋敷をたった1人で抜け出したのでございましょう。」 茉莉の心情を思ってか、小袖で目頭を拭う稲。それに同情しなくもなかったが、そこは女の浅知恵と、今一度提案した。 「なれど事情を説明すれば解かって下さるお方もおられよう。−−− とにかく茉莉殿はそなたの手元に渡した。某(それがしの役目はこれまででござる。長居いたしたがこれにて失礼する。馳走になった。」 と大小を持ち、立ち上がろうとする数馬に稲は裾(すそ)を掴むばかりに詰め寄った。 「もし!お願いでございます!お嬢様のお供をして宇都宮まで行って頂けませぬか!富良殿にもご事情があるのは重々承知しております。なれど乗りかかった船と、何とかご一緒に!お願いでございます!」 「馬鹿な事を!そなたまでたわけた事を申すでない!主家が進んで危険な目に遭うのを見過ごすばかりか煽ってどうする!ここは年の功で茉莉殿を引き止めるのが筋ではござらんか!」 年の若い数馬に叱咤され、一旦は承知したように見えたが、突如、稲は何かを思い切ったように居住まいを正した。 「・・・・事情を。お嬢様がたった1人でお屋敷を抜け出してまで人捜しにでられたのか、その理由(わけ)をお話しいたします。」
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