「実は、宗太郎殿のご友人が先頃外国から帰ってきました。帰って来た、というより帰された。と言った方がいいかもしれません。船旅をしていうるうちに嵐に遭い、漂流の挙句、露西亜に到着。シベリヤというところだそうです。上陸したものの仲間はことごとく亡くなり唯一そのお方だけが残ってしまった。苦労の末やっと帰国したものの、ご実家からは既に死亡届が出されているため家には戻れない。残していった新妻と共に細々と暮らし始めたのも束の間、帰国したのが御公儀の知ることとなり、本人と妻は幽閉されそのまま江戸まで護送されました。その上ご当主はその方を庇った罪で厳しく詮議されているらしいのです。今ではその方は一日も早く死んだ仲間の元へ行きたいと仰っているとか。・・その話を主水(もんど)殿から聞かされた宗太郎殿は内密にその方と連絡を取り面会なさいました。その方が仰るには自分はどうなっても構わないが、妻と兄の身を守って貰えないかと宗太郎殿に頼まれたそうです。死んだものと諦めていた友人が生きていた、と感激の余り2つ返事で引き受けてしまった宗太郎殿でしたが、勘定奉行所に出仕している身の上ではそれだけの力がないと1人で悩んでいたのです。」 直(すなお)は一旦そこで言葉を切り、ぬるくなったお茶をすすった。数馬は先を促すようなことはせず、じっと目を閉じ直(すなお)の話を聞いていた。直(すなお)も又、自分の間合いを取って話し出した。 「そんなところに今度は妹御の失踪です。どうにかならない方が不思議というもの。私も誰ぞその方面に知り合いはいないかと訊ねられ、少々難儀していたところなのです。」 「―――――― いささか厄介な問題ですな。・・・・某(それがし)一存の考えではどうにもならない。ここは兄に相談してみましょう。この件はお急ぎなのでしょうね。」 「ええ。なるべく早く解決を。と宗太郎殿は考えておいでです。」 「わかり申した。・・・してそのお方のお名は?」 「九頭竜隼人殿と。」 「九頭竜殿か。あいわかった。では兄に早速連絡を取りましょう。」 そう言って立ち上がった数馬だったが、あ!と何かを思い出したように再び座った。 「何か?」 「肝心な薬を頂くのを忘れていた。」 「あ!そうでした。私もすっかり忘れておりました。」 「お互い何かに夢中になると他の事を忘れる性質(たち)ですかな? はははは!」 豪快に笑うその顔を見て、直(すなお)はこの人に打ち明けたことは間違いではなかったと心底思った。
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