その足で数馬と新之介は髪結いに立ち寄り、その後『つるや』に戻った。浪人髷から町人髷に変貌した新之介はどことなく落ち着かない様子だったが、つるやの主人は驚きを表に出すことなく2人を迎えた。部屋では茉莉が既に着替えており数馬が帰ってくるのを待っていた。
「茉莉さん。あんたに会わせたい人がいる。」 とりあえず数馬が先に中へ入り、その旨を告げた。 「会わせたい人?」 「うむ。天宮新之介だ。」 「えっ。」 茉莉が落ち着く間もなくその人物が入ってきた。それは町人髷の茉莉にとっては全く見知らぬ男であった。男は下座に座り、平伏して名乗った。 「昔、天宮新之介と名乗っておりました。今は庄屋の入り婿、新之介でございます。ご新造様にお目にかかることができたこと、実(まこと)に光栄に存じます。」 その男は天宮新之介と言った。しかし茉莉は石のように固まったまま不躾にもまじまじとその男を眺めている。その光景を見た数馬が声をかけた。 「どうしたい。茉莉さん。あんたの待ち焦がれていた新之介殿だよ。そんなにじろじろ見たら新之介が気の毒だ。――― ああそうか。俺がいたんじゃ積もる話もできんか。じゃ俺は席を外すからゆっくり感動を味わってくれ。」 呆然とする茉莉だったが数馬の言葉に頬をポッと赤らめ、気がついたように目線を外した。 そんな2人を残し数馬はすっと立ち上がると、後ろを見ることなく外に出て行った。廊下では野次馬根性丸出しの女中達がヒソヒソと内緒話をしながらその部屋を見守っていた。
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