数馬の書状を携えた粂八が稲の庵に着いたのは翌日のことだった。自分は富良風太郎の使者である旨を伝えると、いかにも長年武家屋敷に仕えました。といった風体の老婆が現れた。 「粂八と言いましたね?」 「へい。」 「富良様からの書状を持っていると聞きましたが。」 「あなた様がお稲さまで?」 「そうです。」 「富良の旦那から稲というお方へ直接手渡すように言いつけられましたのでご無礼いたしやした。へい。富良の旦那からこの書状を預かって参りやした。」 稲と名乗る老婆は粂八の出した紙をサッと取って一読すると、さっきまでの怖そうな態度からは想像できないほど優しくなり、粂八に上がって休むように命じた。返事があるから持って行って欲しいということらしいが、常日頃そんな扱いを受けた事がない粂八は、女中や下男のもてなしに心なしか落ち着かない様子だ。 半時ほど待ったろうか。稲が手紙と風呂敷包みを粂八の眼前に差し出した。 「粂八さん。これを富良様へ渡して下さい。こちらの包みは逗留するに見合うだけの金子(きんす)です。もし不足ならばまたあなたを使いに寄こして頂ければいかようにもご用立ていたしますとお伝え下さい。」 稲は詳しい説明はしなかったが、数馬の走り書きをとても喜んでいるように見えた。粂八は早くその場を立ち去りたくてうずうずしていたので、手紙と包みを受け取ると挨拶もそこそこに庵を後にした。その後姿を見送った稲の目にうっすらと涙が光っていたのを見た者はいなかった。
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