「何を言われる!それでは茉莉殿の一念はどうなるのだ!あんたを想って深窓のお嬢様が家出をしてまでここに来たんだ。それはただあんたに会いたい、会って話を聞きたい。それだけだったのに!それにそんな大事な事は俺の口から言えない。ちゃんと会ってご自分の口から説明して貰いたい!」 「・・・・それは出来ない。」 「なぜだ!」 「私には今が大事な時だからです。」 「一揆の事か。」 「なぜそれを!」 一度は気を許しかけた新之介であったが、数馬の言葉に再び形相が変わった。 「落ち着け。あんた、侍を捨てると言ったが、あんたの所業如何ではお家が取り潰されることもあるということを知っておいた方が良いのではないか。一揆の片棒を担いでいるとなれば、たとえ死んだとされる身であってもあんたの父上はただでは済まん。実(まこと)は生きていたのだからな。それを考えたことがあるか?家来もいるだろう。彼等には家族もあるだろう。その者達をいっぺんに路頭に迷わせることになるのだぞ。」 数馬の説得に一瞬怯んだものの、突然新之介は刀を振りかざした。そういうこともあろうかと気を配っていた数馬は、その切っ先を余裕をもってかわし、側に落ちていた棒切れを取ると正眼に構えた。 その構えを見た新之介は、あ!と小さく声をあげ「あの時の!」と叫んだ。 「しまった!」 数馬の後悔先に立たず。ばれてしまった。 「おのれ!一度ならず二度までも!」 刀を振り数馬目がけて突進する新之介。 「ばか者!5年前の腕をそのまま持ち続けていたならいざ知らず、今のおぬしの腕では俺には絶対勝てないぞ!」 持っていた棒切れで新之介の小手を取ると、刀を落とされた新之介はガクッと膝を折った。 「・・・・良いか新之介。おぬしは一揆の片棒を担いではいけない。むしろ血気に逸る者達を止める側にならねばならぬ。これからその娘御と本気で夫婦になる心積もりがあるのなら尚更だ。」 いつの間にか新之介を実の兄弟のように思えてきた数馬は、教え、諭すような口調になっていた。だが対峙している新之介にしてみれば、憎き相手。黙って左様か、というわけにはいかない。数馬の隙を付き、サッと落ちた刀を取ると再び切りかかってきた。だがその実力は前述の通り。数馬の足元にも及ばなかった。 「たわけ!ぬしは一個の勘定に囚われて多くの百姓を犠牲にするつもりか!俺への恨みは機会を改めろ!さすればいつでも相手になってやる。だが今はおぬしの行動によってどれだけの民が命を落とし、実家にどれだけの損害を与えるか熟慮してみるのだ!―――― 俺は決して逃げはしない。落ち着いたら『つるや』という旅籠に来てくれ。但し、その時は茉莉殿と対面するという気持ちで来て欲しい。」 そう言って立ち去ろうとした数馬に新之介が叫んだ。 「貴様の名前は!」 「俺か。そういえばあの試合では名無権座衛門と名乗ったんだ。悪かったな。そのせいでおぬしはこんな風になってしまった。茉莉殿しかりだ。俺の名前は鏑木数馬。覚えておいてくれ。」 背中を向けたまま答えると、2,3歩歩きかけたが、あっ!と何かを思い出したらしく、新之介に向かってあの満面の笑みを見せ、改めて口止めをした。 「すまんが茉莉殿には俺の正体を言わんでくれ。俺の名前は富良風太郎。頼むよ!」 まだ敵愾心をむき出しにしている新之介の肩をポンポンと叩く真似をして数馬は立ち去った。
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