じっと粂八の帰りを待っていた数馬は、朝になったことにも気付かず茉莉の声で我に返った。 「ああ、朝か。おはよう、茉莉さん。」 まず朝の挨拶をしてから改たまった顔をした。 「早速なんだが、今日の予定を変更させてもらいたいんだ。野暮用ができてね。今日は一日この旅籠(はたご)で休む事にしよう。あんたも2日間歩き通しだったから足が棒のようになっているだろう。急で悪いがそうしてくれ。どれ、俺はひとっ風呂浴びてくるから、もし粂八が来たなら待たしておいてくれ。」 そう言い残すと数馬は手ぬぐいを肩に掛け、部屋から出て行った。残された茉莉は驚いたものの確かに数馬の言う通り足が棒のようになっていたので、一日でも休めるというのは心底ありがたかった。でも何故急に予定を変更したのだろう?昨夜自分が床に入るまではそのような素振りさえ見せなかったのに。その後何かが起きたのだ。それに風太郎は床に入った形跡が全くなく、じっと座ったまま何かを考えていたようだった。
ほどなく粂八を伴って数馬が戻って来た。だが何やら急いでいる様子。そそくさと着替えると茉莉に向かってちょっと出かけて来るから自分が戻って来るまでは決して外に出ないように、と言い残し再び粂八と共に出て行った。もとより東西南北の分らない茉莉には、仮に好きなところに出て行っても構わないと言われても、ただじっと部屋で待つつもりでいた。ともかく粂八といる時の風太郎の行動は謎だらけである。
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