首尾は?」 「あの百姓達は高田という名の庄屋に入って行きやして、そこの主と見られる男と一揆の相談を始めやした。」 「一揆?お前一体何を聞いてきたんだ?」 ニヤッと笑いながら数馬は粂八の顔を見た。 「ちいっとばかし昔の癖が役に立ったんでさぁ。いや、そんなことよりね、旦那。その庄屋にゃ江戸から来たっていう侍くずれの浪人がおりやして、どうもそいつがこっちの方の指導をしているようなんで。」 と粂八は刀で切る真似をした。 「ふうむ。で、そいつの身元は分ったのか?」 「百姓達は先生とか呼んでいましたが、主の高田孫兵衛は天宮さんと呼んでおりやした。」 「なに?天宮?本当にそう言ったのか!してそやつの風体は!」 天宮といえば茉莉の尋ね人、天宮新之介ではなかろうか! 「へえええ!だんなぁ!そんなに怖ぇ顔しないでおくんなせぇ!役者ばりの顔で怒られると一層怖ぇえや。」 「ああすまぬ。して人相風体は?」 「へぇ。年の頃なら22〜3。旦那よりちっとばか劣るが、なかなかの二枚目でござんした。何より目元が涼やかなのが印象的でした。」 「粂。その天宮という男に渡りをつけてくれぬか?何としても逢うてみたい。」 「へ?何を仰るんで。今からじゃ遅いですぜ。明日も早立ちなさるんじゃ。」 「いや。ひょっとしたらここで用が足りるやもしれぬのだ。お前のことだ。既に百姓の2〜3人と顔なじみになっただろう?」 「へぇ、お察しの通りで。よそ者には気を緩(ゆる)さねぇ百姓も酒の力にゃかなわねぇ。ちっとばかし振舞ってやったらいろんな事をしゃべってくれやした。ようがす。明日の朝その天宮ってぇ浪人に会えるよう算段して来まさぁ。じゃあっしはこれで。ごめんなすって。」 と再び音も立てず障子を閉め、粂八は出て行った。 (ううむ。これは容易ならぬ事態になるやもしれぬ。)もしその男が新之介だったとすれば、たとえ死んだとして扱われている身であっても勘当されたわけではないし、生きていることが分ったら当然雨宮家はただでは済まないだろう。増して一揆の首謀者ということで断罪にでもなれば、雨宮家の取り潰しは免れまい。ただでさえ幕府の財政は困窮しているのだ。問題のある旗本は即刻処分されるに違いない。それは幕府の格好の理由になりうることだった。これは何としても未然に阻止しなければならない。もしそれが無理であれば、新之介が関わったという事実だけでも抹消しなければならない。いずれにしても粂八の報告次第ということになりそうだ。数馬はその人物が茉莉の捜し求める新之介ではないことを願った。
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