20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:夢・幻(うたかた)の夢 作者:Shima

第14回   川越まで
  朝、六つ半に目を覚ました茉莉が風太郎の不在に気付いたのはしばらく経ってからであった。荷物は置いてあるのできっと戻って来る、と朝餉(あさげ)も食べずに待っていたのだ。
  やっと戻って来たと思ったらすぐ出立するという。帳場での清算は既に済んでおり、何やら包みを受け取ると茉莉をせきたてるように宿を出た。何も話さずじっと考え込みながら歩く後姿を見つめながら茉莉もまた黙ってその後を歩いていた。

  どの位歩いたろうか、茶店の幟(のぼり)が見えたところで数馬が急に振り返り、極上の笑顔で話しかけてきた。
「あそこで一休みいたしましょう。」
ずっと黙ったままひたすら歩き続けていたので、茉莉の足は昨日の疲れも加わって相当参っていた。数馬の申し出は天から仏の言葉だったのだが、あまりにも突然だったため驚きを隠せない茉莉だ。
  縁台に腰掛け、茶とだんごを2つずつ頼むと数馬は朝、宿屋の帳場から渡された包みを広げた。中味は何なのだろう、とずっと気になっていた茉莉だったが、聞くに聞けず好奇の眼差しでじっと数馬の手を見ていた。
広げた瞬間再び極上の笑顔。茶店の娘がポーッとなってお盆を落としたのも頷けた。数馬がその包みに手を伸ばし取ったものは・・・・真っ白な握り飯であった。
「朝飯はまだだったのでしょう?これを食べなさい。実は俺も腹ペコだったんだ。さっきからずっと茶店を探していたんだが、随分遠くまで来てしまった。さあ、食おう!」
言うが早いか、数馬は握り飯をパクパク。だんごをぺロリ。茉莉が飯を残すと見るやそれも平らげてしまった。背も高いし(本人は5尺9寸と言っているが<約177cm>)茉莉は肩を並べてみて兄宗太郎よりも大きいのではないか?と思った。兄は5尺8寸だから実寸風太郎は6尺はゆうに超すだろうと思われた。その身体を維持するのだからこの食欲も頷ける。それにしても・・
「風太郎様。もしや今朝からの不機嫌は?」
「え?某(それがし)不機嫌でしたか?! ああ、それはすまぬことをいたしました!決してそういう訳ではなく・・・腹が空いて仕方がなかったのです!」
目の前で拝まれるように謝られたのではどんな悪さをしても許してしまうだろう、と茉莉は思った。
「そうだったのですか・・・」
安心したのか茉莉の目には薄っすらと涙が光った。と、少し離れた所に座っていたやくざ風の男が笑いながら声をかけてきた。
「旦那。今朝の事も言っちまった方が良くねぇですかい?」
見かけは悪いが何やら風太郎とは顔馴染みらしい。(無論粂八であることは言うまでもないが、まだ茉莉はその存在を知らなかった。)
「うん?ああ、そうだな。――― 朝、今朝の話なんだが、俺と粂。あ、まだ言ってなかったな。この男は粂八といって俺の、まぁ友達なんだ。この粂八と今日向かう川越の在所について調べてきたんだが、最近そこら辺りで百姓を先導して一揆を起こそうとしている輩(やから)がいるという話を小耳に挟んでね。噂の真偽を確認しようとちょっとばかし足を伸ばしすぎて旅籠(はたご)に戻るのが遅くなって、あんたに心配かけてしなった。朝いなかったのはそういうことだったんだ。」
「一揆?そのような恐ろしい事が?・・・」
「最近あちこちで聞くぞ。御老中の改革も一部の人間のみで、民百姓の窮地を救うまでにはならなかったとみえる。」
茉莉から貰っただんごを頬張りながらポツリと付け加えた。
  後世に名高い松平定信が行なった寛政の改革も実際は失敗だった。天明の大飢饉後、田沼憲政を引き継いだ彼は、政策的には享保の改革同様農業中心とそれに伴う農村維持。田沼時代の運上金、並びに冥加金(みょうがきん)の廃止。南鐐二朱銀の徹底化などを行なった。しかし思い切った節約を強いたためにかえって事態を悪化させた。実際は失敗だったのにあたかも成功したかのように取り沙汰されているのは、ひとえに老中としての定信より人間松平定信としての評価であろう。ゆえに評価=改革そのものと勘違いされてしまったことだ。加えて定信が八代将軍吉宗の孫であったこともその理由の1つに相違ない。
  話を元に戻そう。茉莉の失踪で大騒ぎになっているとは全く知らない数馬たちは、茶店を出るとのんびりと北へ向かった。今度は時折笑い声を交えながら。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 12