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作品名:夢・幻(うたかた)の夢 作者:Shima

第10回   初夜
  さてつらつらとそんな事をを考えていた数馬の目に、部屋の隅でじっと身体を固くして座っている茉莉の姿が映った。まぁ、会って二日目の男を信用しろ、というのが無理からぬ話なのだが、そんなことでは明日からの旅が思いやられる。
「茉莉殿。そんな所にいたら話が遠くてかなわぬ。もそっと近くに寄ってくれぬか。それから何度も言うようだが、俺達は夫婦者ということになっている。これから夕餉(ゆうげ)の膳を持ってくる女中に怪しまれてもかなわんからもっとくつろいで貰いたい。」
「風太郎様。」
道中、数馬に指摘されて茉莉は富良様ではなく名前で呼ぶようになっていた。
「わたくしこのような所は初めてでございますのでどうして好いやら・・・」
「ふむ。・・・では。」
パンパンと手を打つと、愛想良く顔を出した女中に何やらヒソヒソ耳打ちし、しばし待つ。
再び現れた女中が手にしていたものはサイコロ2つと湯のみが一個。何をするのだろう?と訝(いぶか)る茉莉にニコッと笑いかけ、右手にサイコロ、左手に湯のみを持ち、エイや!とばかりにサイコロを振った。カラコロカラン。サイコロは涼しげな音を出してすっぽりと湯のみの収まった。
「名づけてチンチロリン!」
昔取った何とやらで、数馬の振ったサイコロは湯のみを外すと2つとも1の目を出していた。そんな芸当?を一度も見た事がなかった茉莉は大喜び。それから何度もやってくれとせがみ、ついには自分でやってみたいと言い出した。その頃はさっきの緊張感はどこへやら、2人はすっかり打ち解けていた。

  夕食もその延長で、数馬の若い頃の話が茉莉にはとても新鮮だったらしく、鈴のような笑い声が部屋から漏れていた。だがそれも風呂に入るまでの事。一足先に風呂に入った数馬が寝巻きに着替えて部屋に戻ると、茉莉はまた部屋の隅に固くなって座っていた。何故だろう、と思いふと傍(かたわ)らを見ると、二組の布団が並べて敷いてある。ああ、なるほど。と無言のまま布団を離し置いてあった衝立をその間に置いた。
「これなら良かろう?俺はもう寝るからあなたも風呂に入ってくるといい。」
「いいえ。わたくしはこのまま休ませていただきます。」
「着物を着たまま寝ると言うのか?ハァ・・・何度も言わせないで貰いたいな。これからずっとそうして旅をするわけにはいかんのだ。帯を解くのは良人(おっと)の前。という気持ちは解かるがそういう女子(おなご)に手を出すような気持ちは微塵もないから、寝るときはちゃんと着替えてくれないか。」
そう言うなり数馬は一方の布団に入り怒ったように寝てしまった。
  1人残された茉莉はホゥッとため息をつくとしばらく悩んでいた様子だったが、女中が用意してくれた手ぬぐいを持つと心細そうに廊下に出た。その一部始終を身体で感じていた数馬は(勿論ハナから寝てなどいなかったのだが)痛いけな後姿に助けてやりたい衝動に駆られた。だがここで助けては茉莉のためにならないと心を鬼にしてじっとしていた。それでも気になるのか、そっと布団を抜け出し後をつけた。
  
  初め、所在なげに廊下を2,3度往復していた茉莉だったが、部屋付きの女中を見つけると、『もし』と声をかけた。ひと言二言何かを聞いているふうだったが、自分の行く方向を示されると丁寧に御礼を言って立ち去った。女中が不満げに見送ったので、数馬は茉莉に気取(けど)られないよう女中に近づき小銭を握らせた。
「うちの奥方は世間知らずですまんな。」
ひと言付け加えると、ただでさえ数馬の顔を見てボーっとなっている女中は、尚更ボーっとなってしまった。その女中をそのままに更に茉莉の後をつけると何とか風呂場にたどり着いた。ひとまず安心と一旦は部屋に戻ろうかとも考えた数馬だったが、帰りがまた心配と結局茉莉が風呂から上がってくるまでじっと陰に潜んで待っていた。
  それほど長風呂というわけでもなかったが、数馬はすっかり湯冷めしてしまい、このままじゃいかん!とまた湯船に入った。
いい気分で部屋に戻ると既に茉莉は戻っており、1人小袖を涙で濡らしていた。驚いてその理由(わけ)を訊ねると、どうやら数馬に置き去りにされたと思い込み途方に暮れていたのだそうだ。
「いや、すまぬことをした。少々今宵は冷えるとみえて寒くなってきたものだから、また風呂に入りに行っていたのだ。決してそなたを困らせようとしたのではない。申し訳なかった。」
茉莉の身が心配でしたことが却(かえ)ってアダになってしまい、数馬は畳に頭を擦(こす)り付けるようにして謝った。ところがそれを見た茉莉は逆に驚いてしまった。生まれてこの方、殿方に土下座されたことなどなかったからだ。
「風太郎様!面(おもて)を上げてくださいませ!わたくしが勝手に思い込んでしまったのです。わたくしの方こそ謝らなければなりませぬのに!」
オロオロする茉莉を見て、素晴らしく魅力的な笑顔を見せた数馬は(当人は全く気付いていないのだ)
「じゃぁ悪者同士、布団に入りましょう。勿論布団はこのまま離しておいてその間に某(それがし)の着物をこうして掛ければ安心してあなたも眠れるでしょう。それではお休み。」
と今度は本当に寝てしまった。
残された茉莉は布団に入ったものの、昨日からの自分の思い切った行動や、隣でスヤスヤと寝入っている風太郎という一風変わった、しかし何故か安心できる男のことを考えながらじっとしていると、旅の疲れも手伝って、いつしか深い眠りに落ちていた。


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