「わたくしの話を聞いて下さるのですね。ありがとうございます。」 言葉を選ぶかのようにジャスミンは深く息を吸い込んだ。その横顔は月明かりに照らされてこの世のものとは思えない程美しい。この谷一杯に咲いている花のようだ、と彼は思った。 そこで意を決したように彼女は彼の方に向きを変えた。
「・・・この谷に咲いている花。お分かりですか?これは一面けしの花なのです。その事を心の隅に留めて置いてください。・・・今から23年前のことです。2人のイギリス人がこの谷に迷い込みました。彼等は探検家でした。徒歩でインド横断をしていた時に道に迷い、何日もジャングルの中を彷徨った挙句のことだったのです。2人共怪我をしていたため、わたくしの叔母が看病しました。その甲斐あって徐々に快方に向かい、歩けるようになった彼等は生来の探検心が沸いたのでしょう、谷の事を調べ始めました。当時王だったのはわたくしの祖父でしたから、それに対して初めは目をつぶっていました。でもある事を境に彼等への態度が変わったのです。それは2人のうちの1人と叔母との間に恋愛感情が生まれたからです。部外者と谷の、それも王家の者との恋愛など祖父にとってはもっての外でした。即刻出て行くように彼等は命令されたのですが、頑として2人は聞き入れません。そこで祖父は谷にある財宝を差し出し再度勧告しました。すると1人はすぐ出て行くと約束し荷物をまとめましたが、叔母と恋人になった方は一生ここにいるからと懇願し、当時皇子だった父も彼の博識ぶりに感銘を受け、心酔していたこともあって彼の見方をしました。その甲斐あってようやくその願いは聞き入れられ、その後1人は財宝を携え、カシミールの父に道案内をしてもらい出て行きました。あとに残った1人は叔母と正式に結婚し、父と共に祖父の手助けをすることになったのです。 1年後には2人の間に男の子も生まれ、幸せに暮らしていました。・・・ですがそれから5年後、この谷始まって以来の原因不明の疫病が発生したのです。誰もそれが何なのかわかりません。するとどこからともなくよそ者が入ってきたからだ、という噂が流れたのです。勿論根も葉もない話なのですが、その頃は誰かを犯人にしなければ事態は収まりませんでした。いち早く身の危険を感じたその方は息子である男の子を連れてこの谷から逃れました。」 ジャスミンはそこでふっとため息をついた。今までの話と自分がジャスミンのいいなずけだ。という事のどこに関連性があるのだろう・・・ その時サーッと一陣の風が吹き、 「そして・・・」 話を続けようとした彼女の口を突如ケインが塞いだ。
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