瞬く間に1ヶ月が経ち、ケインとジャスミンの結婚式当日となった。ケインの決意を受け、カシミールがイギリスの大学に退学届けを提出した。これで否が応でも芥子の谷に骨を埋める決心が固まった。次期王としての公式発表を待つばかりとなった。それについてはカシミールの演出により結婚式の最中民衆に告げられることになっていたが、詳細はケインにさえも極秘裏に進められていた。
朝早くからジャスミンは花嫁衣裳を着せられていたが、ケインは時間ギリギリまで公務の引継ぎを行なっていた。 正午の鐘と共に式が始まった。この日ばかりはムファド王も不自由な身体を押して出席していた。型通りの司祭の言葉が終わった後、インド式と英国式双方取り入れたような豪華な式になった。 「それでは誓いのキスを。」 司祭の言葉にケインはジャスミンの目をじっと見つめた。この谷に来てからの事件が瞬時に思い出された。仲間の死、ジャスミンとの出会い、自分の出生の秘密、政権争い、アーサーとジュディーの死、そして何より親友ジャックとの別れ・・・・さまざまな想いを胸にゆっくりと自分の唇を花嫁の唇に近づけた。
「諸君!おめでとう!!」 その時大きな声が教会中に響き、誰かが入口から入ってきた。 「・・・父さん!!」 「ジェ・・イム・・ズ」 ケインと王が同時に叫んだ。 「やあケイン。しばらく!・・・・皇子・・いや、陛下。お久しゅうございます。お体を壊されたと村人に聞きましたが如何でございますか?」 「ジェイムズ。・・・君は・・・相変わらず、驚かせる奴だ。」 ガシッと抱きあう初老ともいえる2人の男の間には、数十年という時の流れを感じさせないものがあった。 「父さん!今までどこに行ってたんだ!」 ケインはまた子供の立場から咎めるように言った。ところが当のジェイムズは全く気にする風もなく、 「ケイン。久しぶりに親友に会ったんだ。野暮な話はしないでくれ。−−−− おお!君がジャスミンか。何という美しさだ!私の愛したオピウムに匹敵するくらいだ!ケイン、上手くやったな!ハハハハ!」 ケインの父、ジェイムズが突然闖入してきた事で式は中断を余儀なくされた。その余波なのか、主役だったケインとジャスミンは教会の外に押し出されてしまうことになってしまった。彼らの姿を見た村人達が口々に祝福の言葉を投げかける。仕方なく2人も手を振ってそれに応えた。 後方から車椅子に乗せられ出て来た王がカシミールに何かを指示した。カシミールは人々に向かって静かにするよう手をかざした。すると民衆は一瞬にして静まり返った。 「・・・この目出度い席で発表することがある。−−−− 私、アブド・ドノファン・ド・ムファドは今この瞬間、王の座を退く。新王にこのケイン・スタンフォードを指名する。ここにこの事を宣言する!」 「えっ!!陛下、それは!」 驚いたケインが抗議したが、彼の言葉は民衆の歓喜の声にかき消されてしまい、王とカシミールはしてやったりとばかりにケインにウインクして見せた。またしても止む無くケインは人々に向かって手を振らなければならなくなってしまった。単に王家の結婚式だったはずなのに、これによって戴冠式も兼ねてしまう事になった。
|
|