2ヶ月が経った。芥子の谷では二十数年行なわれなかったお祭りの準備に人々が浮かれていた。特にその一切を任されたカシミールとプレーナムは、相変わらずキャーキャー言い合いながらその準備に追われていた。勿論上位に立っているのはプレーナムである。あれだけの活躍をしていながらもカシミールはまだプレーナムにその実力を認められていないようだ。
谷の人々全てが楽しみにしていたお祭りの中心にいる人物、即ちケインとジャスミンは周囲の慌しさとは全く無縁のように王に付きっ切りで政事や慣習について学んでいた。だがそれもプレーナムによって度々中断された。お祭りとは言わずもがな、ケインとジャスミンの谷を上げての結婚式だった。 そこに至るまでのケインの心境は複雑だった。苦労して習得し、卒業後は天文学者として名を馳せる、というのが夢だったのにそれが叶わないばかりか、こともあろうに中途退学しなければならないのだから。それでも彼は谷の人々から受ける期待と感謝の声を裏切る事はできなかった。それで留まることにしたのだ。その決意を告げると王ばかりか噂を聞きつけた谷の人々が宮殿に押しかけ、ケインに溢れんばかりの感謝を述べた。無論ジャスミンの喜びようは尋常なものではなかった。何度もケインに真偽を確かめ、真実だと認識するまで数日間かかった。ケインの残留が明らかになるとすぐ式の準備が始まった。
「もう!お二人ともご自分達の事なんですから少しは考えて下さい!ちっとも本気にならないんだから!」 「悪いね、プレーナム。全部きみに押し付けた形になって。でもきみだからこそ僕達は安心していられるんだよ。これからも頼むよ。」 「ま、まぁケイン様。私そんなつもりじゃ。ええ!任せて下さいまし!お二人の事はこのプレーナムが一生かけて面倒見させて貰います!」 上機嫌でプレーナムは侍女達を引き連れまた仕事にかかりに行った。 「そなた達も大変じゃの。あのプレーナムと一生付き合っていかなければならないとは。あれではあの子は一生独り身を通しかねない。まぁこの谷であの子を嫁に貰いたいなどという酔狂な男はいないと思うがの。」 王の病気はこの2ヶ月で随分改善され、たどたどしいが人を介さず会話が出来るまでになっていた。それでも今の言葉を発するには大変な労力を要した。 「お父様ったらそんな事仰って。プレーナムが聞いたら怒りますよ。」 「そうであったの。今の話はここだけの話にしておくれ。あの子は母親そっくりじゃ。あの子の母もお前の母のために生涯を捧げてくれた。 冗談はさておき嫁の貰い手を真剣に探してやらねば可哀想じゃな。」 「そうですわね。」 横を向いたジャスミンの目に涙が光った。プレーナムの身の振り方も心配だが父の回復が何より嬉しいのだ。
「陛下。その事ですが、もしかすると灯台下暗し。ということはありませんか?」 「どういう意味じゃ。」 「いえ。ただ何となくですが。そういう気がするのです。」 「そう・・・か。・・・オ!そうか、そうか、フムなるほどのぉ。」 「え?お父様。一体それは誰ですの?・・・ケイン様。わたくしにも教えて下さい。誰ですの?」 しかし男2人は互いに納得したように頷くと話はそれでおしまい、とでも言うようにその件に関して口を閉ざしてしまった。それを汐にケインはジャスミンを伴い王の部屋を辞去した。その後姿を見送った王の目にも涙が光っていた。
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