ジャックを見送りさて今度は自分も、と準備をしようとしたケインのもとにカシミールが何事か伝えるために急ぎ足でやって来た。 「どうしたんだ?」 「はい。実は王の容態が思わしくないのです。」 「え?ジャックを見送ったときは何でもなさそうだったけど。どうして?」 「はい。私もそれは存じておりましたので、プレーナムから聞かされたときは耳を疑いました。」 「一体どう良くないんだ?」 「侍医の話では右側の身体が動かない、ということなのです。痺れているような感覚だとも申しておりました。確かに右手足に力が入らないと王も仰っておりました。そう言った言葉もはっきりしないと言いましょうか、何を言っているのか私には理解できませんでした。侍医の通訳で漸く判断できた、という有様です。・・・・ケイン様、どうか王のもとにいらして下さい。ジャスミン様も不安がっておられます。」 カシミールの話す言葉も不安がありありと見て取れた。 「わかった。すぐ行く。」 ケインはカシミールと一緒に王の寝室に向かった。
「ケイン様。」 ケインの姿を見たジャスミンは目に涙を溜めていた。ケインはジャスミンに軽く頷くと王のベッドに近付いた。 「先生、如何ですか?」 「以前から兆候があったのかもしれませんが、右側の運動能力が極端に衰えておられます。衰えているというより全く機能しておりません。加えて舌が回らず言葉がはっきりしません。こちらの言う事は理解されておられますが、恐らくこのままの状態が続くと思われます。」 「と言うと?」 「はい。政事はもう出来ないとみなさなければならないということです。」 「全く駄目か?」 「はい。恐らく。」 「何てことだ・・・・」 呆然とするケインに侍医は更に付け加えた。 「このままいけば良し、そうでなければ明日をも分らぬお命、と申し上げます。私は気休めを申し上げるつもりはありません。昔からそうしてまいりましたし、王もそういう私の気質を好まれました。ですからあえて申し上げます。今の王にとって最良の治療はどんな小さな衝撃も与えない、ということです。」 「もし、もし僕がこの谷から出て行ったら?」 「とんでもありません!そのようなことをしたら現実になってしまいます! ケイン様、医師のわたくしからのお願いです。どうかこのままここにお留まり下さい。」 必死に懇願する侍医にケインは何も応える事が出来ず部屋を後にした。 自室に戻るとがっくりとソファに身体を投げ出した。 (王を見殺しにしてこのまま帰国していいのか・・・・) ケインの心は王への忠信と愛国心の2つが泳ぐようにユラユラしていた。
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