彼等が出て行くと残ったのはケイン、王、ジャック、カシミール、プレーナム、ミンミンの6名になった。静寂が彼等の周りを覆うと、ムファド王はゆっくりとケインに視線を移した。皆が呆然とするなか、ジャックだけは何故かソワソワしている。
「・・・・・ブマーマグプタ・・・・いいや。今はケインだったの。よくやってくれた。礼を言うぞ。これで私は引退できる。私の後継者はそなただ。」 王の口からはっきりと次期王はケインだと告げられると、全員が歓喜の声を上げた。しかし当のケインの表情は冴えない。 「いかがいたした?私の後では不服か?」 「陛下。・・・・1つお尋ねしたいことがあります。」 「何だね?改まって。」 「陛下は大臣の処遇をどうなさるおつもりですか?」 思いもよらぬ質問に王の顔が強張った。 「今はそれを論ずべき時ではない。」 「ならば僕はあなたの申し出を受ける事は出来ません。」 「どういう意味だね?」 意外な展開に王は混乱している。それがはっきりと肌で感じられるように空気がピリピリしてきた。 「陛下のお考え1つで僕は準備が出来次第イギリスへ帰る。ということです。」 「私を脅しているのか。」 「いいえ。元々僕はこの谷の人達にとってよそ者にすぎません。その僕がたとえ血の繋がりがあるからといえ突然王になったとしたら?谷の人達はどう感じるでしょう。また何故ジャスミンが王ではいけないのでしょう。そして大臣を推していた一派からあなたは猛反撃を受けるかもしれません。そうなった時苦しむのはジャスミンです。きっと彼女は僕を守ろうとするに違いありません。でもそうすれば彼女が追い込まれていくのは明らかです。そんな彼女を見る事は出来ない。そうならないためにも今、この時の処理を伺いたいのです。」 落ち着き状況を見据えたケインのひと言ひと言が全員の胸に響いた。 「ケイン!私の後継者はやはりお前の他はいない!カシミール。私とお前の目に狂いはなかったぞ!」 固い表情から一変して王の顔つきが歓喜のそれになった。 「陛下!私も陛下と同じ気持ちでございます!ケイン様!あなた様を於いて他に次の王に相応しいお方はございません!」 カシミールの目には感激の涙が浮かんでいた。 「ケイン。改めて問う。そなたならこの一件どう処する?」 「助言を求めておられるのですか?」 「左様。」 「あくまでも助言という形でなら・・・・僕は大臣を処罰という形ではなく別の方法で処理したらいいのではないかと。たとえば、そうですね・・・・制裁で充分だと思うのです。まずテリーさんと組んで得た財力は全て没収し、更にこの谷から奪われた花を全部元通りにしてもらう。そのための労働をさせるということです。ここはボンベイからも離れていますし、二度と悪いことが出来ないよう、村人達一人一人に監視してもらうのです。勿論、元大臣という肩書きがあるので村の人達は最初は遠慮するでしょう。遠慮しているうちはまだ良いのです。それが無くなった時大臣がどう出るかによって彼自身の信用を得られるかどうか。その時間が彼を罰してくれるのではないか・・・」 そこでケインはため息をついた。 「これはあくまでも僕個人の考えです。ですから陛下のなさりたいようにして頂ければ結構です。」 「でもケイン様。もし陛下がヤコブ様の処罰を断行する、と決断されればあなた様は帰国なさってしまわれるのでしょう?」 プレーナムが心配そうに聞いた。 「いいや。そういうことではないよ。僕が言いたいのは、悪い事をした人でも改心する機会を与えてやるべきだということであって、そういう意思のある者を簡単に罰するべきではないということなんだ。」 「でも結局はそうなさるんでしょう?もしそうなったら姫様はどうするんですか?残された姫様は?」 気丈なプレーナムもジャスミンの事となると涙腺が緩むようだ。 「彼女ならきっとわかってくれると思う。そのために僕達の絆が途切れようと現実を見つめてくれるよ。」 「えっ?!」 全員がまた驚きの声を上げた。真っ直ぐ王を見つめるケイン。じっと見つめ合う2人。静寂が辺りを一層覆う。 最初に視線を外したのは王の方だった。 「ケイン。 先程の私の言葉を忘れたらしいの。私はお前しかいない、と言った筈だ。お前の決(けつ)でヤコブを処そう。今まで私は悪事を働いた者は全て厳罰に処してきた。これからは最早(もはや)そのやり方は適用しない方が良いのかも知れぬ。 カシミール。早速ヤコブにそう伝えよ。」 「陛下!!」 「駄目だ!もう決めたことだ!ここからは私のやり方でやる。カシミール、行くのだ!」 「はい!」 嬉しそうに走り出て行くカシミールを見送ると、同じように嬉しさで体中はちきれそうなプレーナムとミンミンが王の側に寄り添った。
「ケイン!こっちに来てくれ!」 先程からおとなしかったジャックが突然叫んだ。
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