「ジャスミン様。あの者達一体どういたしましょう?」 「カシミール。あの人達はわたくし達の聖なる場所に侵入したのです。だからと言ってあのままにしておけば全員スウォード達に殺されていたでしょう。スウォードは谷の守り神です。無断で入り込めば容赦なく他のトラ達に襲わせるでしょう。でも余計な血を流させるわけにはいきません。たとえ侵入者であってもです。」 「ジャスミン様。スウォードと言えば少し不思議な事がありました。」 「不思議な事?」 「はい。私達が止めに入ったとき、何故かスウォードは一人の男の方をペロペロ舐めていたのです。危ない!と思った私が傍に近寄ると怯えたような目をしたのですが、何とスウォードはその方の顔に付いていた泥を舐めてふき取っていたのです。」 忠実な従僕のカシミールの言葉は、ジャスミンを驚愕させるのに充分であった。 「カシミール!それは本当なんですね?!本当にスウォードはその方を襲っていたのではないのですね?」 「は・はい。」 「カシミール、いいですか!その話は絶対に秘密にしてください。特に叔父様に知られないよう細心の注意を払って。いいですね!」
「ジャスミン。一体何をこそこそ相談しておる。私に内緒にしておけることなどない筈だ。いいや。私の知らない事があってはならぬのだ!フン!それにしも余計な事をしたものだ。あのままにしておけばこの谷の秘密を知られずにすんだものを。」 ジャスミンの叔父で大臣のヤコブがずるそうな目で二人を見た。 「叔父様。わたくしの部屋に合図もなく入って来られたのは何ゆえです?それにたとえ侵入して来た者が悪人であってもみすみすスウォードに殺されていくのを見逃す訳にはいきません。ましてあの中のお一人は。」 「ジャスミン。今の言葉はどういう意味だ・あの中の一人とは一体誰の事だ?」 蛇に睨まれた蛙の様に二人は震え上がった。
「ヤコブ様!!皇女様に何をなさるんです!!」 突如脇から甲高い声がした。ジャスミン皇女の侍女、プレーナムである。年はジャスミンと左程変わらないのだが、この谷一番のうるさ型なので、さすがのヤコブも彼女が現れるとと逃げ出してしまう。 「チェッ!嫌な奴が出てきおった。」 憎憎しげにそう呟くと、ヤコブは退散してしまった。 「カシミール!あんたっていつも皇女様にくっ付いているくせに、どうしていざって時に役に立たないのッ!お可哀相に!皇女様を守ってあげられない召使いなんてどっこを探したっていないわよっ!」 「すみません。プレーナムさん。」 「謝る相手が違ってるわよ!ンとにもう!」 「いいのよ。プレーナム。わたくしが悪かったのです。もっと周囲に注意を払わなければいけないのに。ごめんなさいね。カシミール。」 「申し訳ございません。ジャスミン様。」 「あんた!この次からちゃんと守って差し上げてよ!」 「ところでプレーナム、どうかしたの?あの方達についていたのではなかったの?」 思い出したようにジャスミンが話題を変えた。 「アッ!そうでございましたわ!お一人が気付かれたのでお知らせに来たんです。」 「まァ、どうしてそれを早く言わないの!」 そう言うなりジャスミンは二人に構わず部屋を出た。その後を影の薄くなったカシミールと、一層大きくなったプレーナムが慌てて追って行った。
つづく
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