その頃ジャスミンも昨夜の事を思い出しながら、元王であり父のムファドの寝室にいた。ケインの事を報告するためである。 ムファド王は2年程前に病気で倒れて以来、寝たきりの状態になってしまったが、脳には影響がなかったらしく言葉もハッキリしている。だが身体が思うように動かない為以前のように政務を全うすることができない。大臣で義弟のヤコブが代行しているのだが、最近王の椅子を密かに狙っている、との噂を耳にしてからはムファド王はジャスミンに良い婿を、と考えていた。そんな矢先、もしかするとオピウムの息子かもしれない、という男が現れた。その男、ケインの一挙一動を逐一報告するように、とカシミールに命じてあった。しかしその事はジャスミンには知らされてはいなかった。
ジャスミンはベッド脇の椅子に腰掛けた。 「お父様。ご機嫌いかが?」 彼女の声はカナリヤのように美しく、聞く者全てに安らぎを与える。 「おお。ジャスミン。今日のお前は一段と美しいの。何かあったのかね?」 「い・いいえ。あの・お父様にご報告申し上げたいことがありましてこのような時間も顧みず来てしまいました。」 その頬がほんのりと赤らんだ。 「何だね?」 父、ムファドの問いに昨夜のケインとの会話を掻い摘んで話した。但し、正体の分からぬ人物とその後のケインとのキスは除いて。しかしジャスミンの報告は既にカシミールから全て聞いていた王は、愛娘の話をニコニコと聞いていただけだった。 「それでお前はそのケインという男に何時(いつ)全てを話すのだね?私は早ければ良いと思うのだがね。そうすればお前の身は守ってもらえるだろうし、オピウムもきっと天国でそれを望んでいるだろう。」 昔を思い出すかのように王は遠くを見つめた。 「でもお父様。あの方が叔母様の実子(おこ)だとハッキリしたわけではないのですよ。」 不安そうに自分を見つめるジャスミンに王は言った。 「大丈夫。お前の話を聞いてケインとやらがオピウムの忘れ形見であることがはっきりしたよ。お前は先程ケインの瞳が綺麗は緑色だったと言ったね。』私があの子を最後に見た時も深い緑の色を放っておった。知らない国へ行くという不安さえも感じない位にの。決定的なものが額のアザじゃ。お前も知っての通り、オピウムは左の二の腕に三日月のアザを持っておった。ケインは父親より母親の血をより強く受け継いでいるようだ。・・・・そうか・・・ケインという名前であの子は大きくなったのじゃな。私の知っていた名前は、ブマーマグプタであった。星座に興味を持つように、とインドの学者になぞらえて私がつけてやった名だ。その名の通り星に興味を持ったのじゃな。・・・・よしよし。ジャスミン。私の口からケインに話そう。お前の事も頼んでおきたいからの。ケインを呼んでおくれ。なるべく早くじゃぞ。・・・それからお前は席をはずしていなさい。」 「はい。」 父の命令でジャスミンが出て行くのを確認したのかカシミールが音もなく王の寝室に入った。しばらくしてジャスミンに呼ばれたケインが同じように入って行った。
それから3時間後。王の容態が急変し、突如意識不明に陥った。知らせを受けたジャスミンは、すぐ王の容態について絶対極秘にするよう臣下に申し渡した。お陰でその件はごく一部の人間のみが知ることとなった。
|
|