時は1835年5月。所はロンドンにあるR大学構内。 ケイン・スタンフォードは毎日午後の授業が終わると決まってその足で構内に設置されている天文台に立ち寄る。天文学を専攻している彼にとって唯一安らげる場所だからだ。しかも夜になるまで誰にも邪魔されず一人になれる。 ところがその日ばかりはいつもと違っていた。授業が終わり学内から出ると、友人で考古学者志望の学生ジャックが声を掛けてきた。 「やあケイン。またいつもの場所に行くのかい?」 ケインと歩幅を合せるように並列して歩く。 「ああ。」 「ちょっと相談があるんだけど・・・一緒に行ってもいいか?」 少々真顔になったジャックを不思議そうに見つめながらケインは言葉無く頷いた。 「相変わらず殺風景な部屋だなぁ。」 大きな望遠鏡を目の前にしてジャックが呟いた。 「コーヒーでいいかい?」 ジャックの呟きも気にせずケインが問いかける。 「ああ。」 ジャックもそれに一言だけ答え、空いている椅子に腰を下ろした。 「・・・・・で?相談て何?」 2人の間にカップを置きながらケインは切り出した。 「ケイン。――― この世の中に月が2つある。という場所を知ってるか?」 唐突にジャックが言った。ジャックは頭がおかしくなったのか。とケインはまじまじとその顔を見た。しかし彼の顔は真剣そのものだ。友人の反応にジャックはフッとため息を漏らした。少し表情が和らぐ。 「ああ悪い。突然こんな事言って。けどこの話は本当の事らしいんだ。まぁ聞いてくれ。インドは知ってるだろう?その山奥に小さな集落がある。そこでは月が2つ存在するというんだ。俺もそんな馬鹿げた話、信じちゃいなかったんだが実際そこに行って来た、という人が教授に話したんだ。そこは桃源郷のような所で一年中花が咲き乱れているらしい。いろいろ話を聞いていくうちに考古学的にも君の専門の天文学的にもとても魅力のある所だ、ということがわかった。そこでだ。我々考古学班がその場所へ行ってその話が真実かどうか確かめることになったんだ。で、月が2つ存在するという話の見極めも兼ねてケイン。君を誘いに来た。という訳さ。」 ジャックの言葉に驚きながらもケインの瞳はキラキラ輝き始めた。 「ケイン。今まで何年も友達付き合いをしてきたが、君の瞳って緑色だったんだね?初めて気付いたよ。」 「え?!」 まるで悪いものでも見られたかのようにビクッと身体を震わせるケイン。しかし当のジャックは特に気にする様子もなくあとを続けた。 「出発は1週間後の今日だ。よく考えてみてくれ。」 そう言うとジャックは席を立ち、入口のドアに手を掛け再び振り返った。 「ケイン。断るって話なら聞かないよ。」 ウインクをして出て行くジャックをケインはただ黙って見ていた。
つづく
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