「はあ。はあ。お面、落としちゃったな」 屋根裏部屋の片隅で美雪は蒼白な顔でうずくまっていた。 「どこにいるの。母さん…」 ガタン 屋根裏部屋の窓が開き、静かに冷たい風が入り込んできた。 「よく警察やあの警備の眼を盗んでここまで来たな。仲間に入れてやっていいぜ。『怪盗ハットリ』のな」 フワリと目の前に、自分が持っていたお面と同じモノをつけた男が飛び降りた。 「ハットリ?」 服部は面に手を掛け、ソレをクイッと上げ、顔を露わにした。 「そうだ。服部だよ」 ほらね、と弱々しく美雪は微笑んだ。 服部はしゃがみ込んで、美雪の顔を見つめた。 「バカ。どうしてこんな無茶するんだ。病人だろうが」 「母さんに、会いたくて…」 服部は目を細めた。 事務所でここの奥さんが子供を抱いている写真を見てから全てのカードは揃っていたのだ。 いつ止まるか分からない心臓。 隠されていた筈の本当の母親。 美雪の頭は回転が良すぎる…。 全てを知っていたのだろう。 「どうして…」 そんなに会いたいと思うんだ? 口から零れる答えの分かり切った質問。 だから、美雪は答えない。 冷たい風にまじり白いモノが目の前にちらつき始めた。 雪だ。 「あの夜も屋敷の外まで来たけど…。中に入れなくて。仲間になれば、入れるって思ったんだけど…、ハットリ、とぼけるんだもの」 「悪かったよ」 「…だから、自分で頑張っちゃったよ。時間がもうないから」 明日は美雪の誕生日。 「わたしね、捨てられたの。母さんに。覚えてないんだけど。1年ぐらい前かな、大人達が話してるの聞いて、父さんのタンスから写真見付けて…」 開けっ放しの窓から、次から次へと雪が舞い散ってきた。 「もう、死ぬって思ったら、何だか会いたくなったの。でも、お父さんにもお兄ちゃんにも誰にも、絶対知られちゃいけないって思ったの。だって、コレって裏切だよね。最低の裏切だよ」 「うらぎり…?」 「だってさ、お父さんも、お兄ちゃんもあんなに優しいのに『母さんに会いたい』なんて」 「本当の親に会いたいと思うのは、育てて貰った親への裏切りだと?」 「そうだよ。最低だよ。ちゃんと両親のいるハットリには分かんないよ」 最高の娘、妹を演じる美雪が自分と重なる。 演じるのは、愛しているから、愛されたいから…。 服部の瞳の中に、白い雪が舞い散り、しだいに降り積もっていく。 白い雪が、いくつも、いくつも。 暗い闇から次々と生まれる雪を服部はぼんやりと眺め、思わず口を付く。 「オレも…。親に捨てられたんだ。こんな雪の日だった」 「え?」 ハッとして美雪は服部を見た。 その深い瞳の奥からは、冷たい闇が広がっていた。 「この仕事をしていると、いつか会えると聞いたんだ。だから…。別に愛して欲しい訳じゃない、文句を言いたい訳でもない」 「じゃあ。どうして」 美雪は優しく訊いた。 「知りたかったんだ。自分の存在の意味を、…たぶん」 哀しく微笑んだ服部見て、美雪は寂しそうに言った。 「わたしは、ただ恋しかっただけかな」 ブルッと美雪は震えて、両手で自分を抱きしめた。 その仕草に服部は正気に戻った。 「おい。大丈夫か?」 服部は自分の着ていた上着を脱ぎ、美雪に着せた。 「とにかく、ここを出よう」 美雪がこの屋敷にこだわった理由、それは母親、つまりここの奥さんに会うため。本当の事を言わなかったのは父と兄への思いやりだろう。 しかし、ここには母親はいない。 服部はあの女があの後どこに行ったかは知らない。 「動けるか?」 美雪はうずくまったまま、首を横に振った。 ガクガクと小刻みに震えている美雪を見て、痛い言葉を思い出す。 もう時間がない。 美雪はポケットから大事そうに何かを取りだした。 偽物の指輪だった。 服部はグッと拳を握りしめた。 「オレが盗んできてやるよ。美雪の大事なモノを」 服部は唇を噛みしめて、携帯電話を取り出した。 充電切れだった。 仕事にかける時間がオーバーしているのだ。 「そのかわり、また、しくじるかも知れない」 また、『偽物』を盗ってくるかもしれない。 立ち上がろうとした服部の服の裾を美雪の手が止めた。 「アンタなんかに任せられない。自分で行く」 ふてぶてしく言い放った美雪の綺麗な瞳が服部の心を貫いた。 服部はゆっくりと頷いた。 「分かった。オレが右に行き人目を引く。お前は、左へ行け。突き当たりの階段を下りて三番目のドアだ」 そこには、『偽物』がいる。 服部はニッと笑い、トレードマークのハットリ君で顔を隠した。 「お前も怪盗ハットリだろ。捕まるなよ」 「この私がそんなへマするわけないでしょ!」 強がって見せた美雪の精一杯の輝きを、服部は眩しそうに見た。 ドアを開く。 廊下から光が漏れる。 そして、走り出す。 「おい!ハットリだ。ハットリがでたぞ」 警備の男達のわめき声があちこちから挙がった。 服部は一人目の男をかわし、後頭部を蹴飛ばした。 そして、次に来た男の懐に潜り込み、溝うちに一発。 素早いその動きを、ドアの隙間から暫く美雪は見つめていた。 「かっこいいじゃん」 美雪は胸を押さえながら、歩き始めた。
ドスン。ドダダダダダ… 2〜3人、まとめて階段から蹴飛ばしてから、服部は溜息を吐いた。 「次から次へと、いったい何人いるんだよ」 「あっちだ。あそこにいるぞ」 「また〜?」 階段の手すりを掴み、体を浮かし、一気に三階から、吹き抜けの一階ホールへと飛び降りた。
「ハットリってば、なにやってんのよ。動けに動けないじゃないの。どうなってんのよ!」 服部からの連絡が来ず、ロビンはイライラしながら、外の様子を見やる。 ガタン ドアの音に、ビクッとロビンは振り返った。 そこにいたのは子供だった。 「お母さん?」 ロビンに向かい美雪はおそるおそる尋ねた。 美雪は写真でしか見たことのない母親をじっと見た。 もちろん、それは母親ではない。 ロビンはジッと少女を見た。 この家に子供なんて居たかしら? 居ない筈である。 「お母さん」 青ざめた顔でブルブルと震える少女の着ている上着に気付いた。 服部のモノだ。 「美雪だよ。お母さん。会いた…か…」 息苦しさに美雪は膝をつき床へと座り込んでしまった。 それでも美雪は笑顔を見せようとした。 「みゆ…き?」 ロビンは暫く弱々しく微笑む美雪を見てからゆっくりと近づいていった。 「お母さん」 そして、膝をつき、その震える声を聞きながら美雪を抱きしめた。 ロビンは1枚の写真を思い出していた。 「みゆき」 小さな体を抱く腕にぐっと力を込めた。 「お母さん。お母さん。お母さん」 ロビンにしがみつき何度も何度も繰り返す言葉は次第にかすれていき、代わりにその瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れ出る。 あらゆる可能性を考え、ロビンは行動する。 そしてこの状況は、ロビンに初めて見る、少女の名前を繰り返させた。 「みゆき」、と。
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