光は冷たかった。 大道虎之介を乗せたエレベータは最上階で止まる。 家を焼け出された虎之介は、家を建築中、マンションで一人暮らしをしていた。 もちろん、家が火事になる前からマンションは幾つか所有している。 虎之助は、特にセキュリティーが万全なこのマンションを愛用していた。
「何だよ。朝帰りかよ」 東から降り注ぐ朝日を容赦なく顔に浴びている虎之介は、自室のドアの前で顔を膝に埋め縮こまっている服部を見付けた。 ここのセキュリティー会社にクレームをつけなければ、と思いながら、答えた。 「イブの夜に一人で過ごすほど、オレは無粋じゃないからな」 「よく言うよ。去年の事は忘れたか」 服部は顔を膝に埋めたまま皮肉を言う。 「ハットリこそ、こんな朝早く人の家の前で何している…」 そう言いながら、服部を立たせようと腕を掴んだ虎之介は顔を強ばらせる。 「まさか、一晩中いたのか?」 服部は冷え切っていたのだ。 虎之介は冷たい服部の両腕を掴み、服部を立ち上がらせようとした。 早く部屋に入れなければ。 無理矢理虎之介に両腕を掴まれ、服部は顔を上げた。 無防備な服部の顔が朝日に照らし出され、虎之介は息を飲んだ。
「泣いているのか?」
「とうとう帰ってきませんでしたね。絵里お姉さまがクリスマスパーティしようなんて事を言うからです」 麻美が冷ややかに言う。 「何の関係があるのよ」 絵里が顔をひきつらせて返す。 「しかも、絵里お姉さまが料理するなんて言うからです」 麻美はさらに冷ややかに言う。 「どういう意味よ」 絵里がさらに顔を引きつらせる。 目の前の冷え切った料理を挟み、二人は落ち着かない様子で向き合っている。 「つまり、人が珍しいことをすると、こんなことに…」 「とにかく、どうして理真が帰ってこないのよ。あの子が私に何の断りもなく外泊するなんて信じられないわ。まさか、誘拐?でも、家にはお金なんてないわ」 「怨みなら、定期預金したいくらい貯め込んでいますけど」 「今の時代、定期預金したところで大した利子なんて…。…なんて事を言っている場合じゃないわ。だいたい怨みを貯めても素性を知られるほど、私はへまな事していないわ」 「昼まで待って、それでも帰ってこないようなら警察に届けるしか在りませんわね」 警察の世話にはなりたくなかったが、理真の行き先は麻美にも絵里にも見当が付かない。 あらゆる情報網を持っていたとしても、自分の家族である理真の居場所はその情報網の範疇には入ってはいない。 麻美は無表情だったが、麻美らしくない饒舌な皮肉が麻美の焦りを物語る。 絵里にはそれが解る分、さらに焦りが募る。 突然絵里が立ち上がった。 「彼に頼むわ」 それしかない。
冬の空の下、冷たい石が幾つも並んでいる。 石の下に眠るのは、さらに冷たい無機質な白い骨。 石の前で手を合わせるのは残された者の慰めの儀式。 「早いものだな。あれから一年も立つんだな」 長谷川宣雄は石に刻まれた娘の名を瞳に写す。 『美雪』と刻まれた両側に冬には珍しい向日葵の花が添えられている。 おそらく美雪を産んだ母親が供えた花だろう。 テツは黙って父親の隣に立っていた。 「あの夜。美雪が言った事、覚えているか?」 「あの夜?」 テツは聞き返す。 長谷川宣雄はぼんやりと娘の思い出に浸るように呟いていた。 「ハットリは宝物だと、最高のバースデープレゼントだと言った」 「親父…」 長谷川宣雄にはその言葉の意味は分からなかった。 しかし、本人すら気付かない内にハットリに対する認識がその夜から変わっていったのは事実だった。 長谷川は娘の思い出からゆっくり目を醒ます。 「怪盗ハットリから予告状が届いた」 「それで、次はいつ、何処で、何を盗むんだ」 テツは父親に詰め寄る。 宣雄は肩をすくめ継ぎ接ぎだらけのクリスマスカードを出す。 「何だ、これは?」 テツもさすがに意味不明のクリスマスカードに顔を顰めた。
夕刻、二人が家に帰ると同時に電話が鳴った。 『テツ君?服部太一の母です。テツ君のお父さんは確か警察の人でしょう』 焦りの混じった声にテツは眉を寄せる。 「そうですけど。何かあったんですか?」 『太一が、昨日の夜から帰ってこないの』 「服部が?」
「これは三階の霊媒師殿ではございませんか。どうなされました?」 「こんにちは占い師さん。実は貴方に頼みたいことが在ります」 「ワシに、ですか。これは珍しい事も起こりましたな」 老人は白い髭を弄りながら、この霊媒師がただ事では済まされない状況に陥っていることを容易に察した。 「理真がいなくなりました。貴方ならおわかりになるのではないでしょうか」 「理真が?」 絵里は頷く。 老人の嫌な予感が漆黒の瞳にさらに深い影を刻む。 絵里は両手を握りしめ声を絞り出した。 「お願いします。お祖父さん」 老人は僅かに眉を動かす。 「やはり、知っていたのか…」 「…祖母は何も話してはくれませんでしたが、こんな仕事していると色々な事が見えてきます」 妻子を捨てたのは50年以上も昔の事だ。 妻とまだ幼い娘を捨てた。 その娘の子供たちがこうして半世紀をかけて戻ってきた。 妻には、不思議な力があった。 その力が働いているのだろうか…
「祖母には不思議な力がありました。霊能力者としての祖母が残してくれたお客様のお陰でこうして生きていられます。もっとも、私たちには何の力もありませんから、苦労しますが…。何の力もないからこそ、様々な情報をかき集めて仕事をしています。だから、わかってしまったのです。恐らく麻美も知っています。あの娘も私もあなたに似ています。でも、理真は違います。あなたの血を継いでいるとは思えない程真っ直ぐな心を持っています」 「そうか…」 どんなに皺が増えても何一つ得る物は無いように思えた日々が老人の中で沈殿していく。 建物の影になり見えない筈のクリスマスツリーをまるで見るかのように、顔を上げその方角を老人の瞳が射した。 「理真を探してください」 「クリスマスが終わる頃、ツリーの下に…」 老人はそれ以上何も言えなかった。 何も視えて来ない。 視たくてもその漆黒の瞳には闇のみが犇めいていた。
「いいのか。天下の大道虎之介が一日中オレなんかに付き合っていて」 「だから、いいわけないだろ」 虎之介は一日中ソファに蹲ったままの服部に何度目かの溜息を吐いた。 「ロビンは二重人格だよな。女の時は結構優しいのに…」 「優しくして欲しかったのか?」 「…」 「素顔の時に男に優しくするのは性に合わないからな。それより、今夜は行くんだろ。ハットリ」 「…もう、どうでもイイ」
「私の家、お金ないわよ。怨みなら定期預金で貯金したいくらい貯まってるけど…」 理真は引きつった笑顔を元英語の先生に向けた。 生粋のイギリス人はさらにさわやかな笑顔を見せる。 「うん。知っているよ。窃盗罪。不法侵入罪。詐欺罪。君もなかなかやるね」 「あ、ありがとう」 冷や汗が理真の顔を伝う。 訳も分からず無理矢理、英語の先生だと思っていたイギリス人に拉致され一晩が過ぎた。 並大抵の事では驚かないと思っていた理真だが、この状況はさすがに理解に苦しんだ。 「でも、僕が欲しいのはお金じゃないんだ。君は、餌だよ。大物を釣るためのね」 「私が餌?…ちなみに先生の釣りたいお魚って何ですか?」 「怪盗ハットリだよ」 「どうして…ハットリの?」 突然鳴り始めた携帯電話に、アルはニッコリ微笑んだ。 「さて、ミスターはどう出るかな?」
「もしもし。大道です。…貴方ですか。ええ、ハットリならここにいます」 虎之介は携帯電話を握りしめたまま、服部に目を向けた。 その顔には険しさがこもる。 分かりました、と最後に言うと虎之介は携帯を切り、それを服部の向かいのソファに放り投げた。 そして、その手で服部の襟首を掴む。 服部は突然の虎之介の行動に目を見開く。 「いい加減。目を覚ませ。一体いつまで、親離れ出来ないガキみたいに拗ねているんだ」 グッと近づいた虎之介の顔には、明らかに今の服部への怒りが満ちていた。 虎之介は服部を乱暴にソファに投げつけ、窓の外に広がる夜を睨み吐くように言い放った。 「アルが理真を人質に取った」
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