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作品名:月の裏であいましょう。 作者:木理

第36回   File5:ホシノヒカリ(8)
「ロビン。お前も暇だな。昼の仕事は不景気なのか。オレ達の仕事は明日の夜だろ」
「暇なわけないでしょ」
 ロビンは肩をすくめる。
 忙しい仕事の合間を縫ってわざわざ来たのだ。
「ところで、お前また予告状出しただろ」
 ロビンはいつもの極上の笑みを零す。
 極上のその笑みは虎之介の物とは明らかに違う。
 雰囲気すらガラリと変えるロビンは二重人格者と言うより、女の時は女に成り切らないと気が済まないらしい。
 これは、性格にかなり問題があるとしか思えない。
 呆れ顔の服部に揶揄するロビンの顔が近付く。
「だって、私の楽しみだもの。でも、大丈夫よ。今回は警察だけに、しかも絶対に分からないように出しておいたから。失敗したら困るでしょ。何しろハットリの命が掛かっているんだから」
 次の瞬間、ロビンの目から笑いが消えた。
 真剣な顔は服部に虎之介を思い出させる。
「でも、その中に本当に13年前、ハットリが隠したピアスケースが入っているの?」
「たぶん。13年間、本当に一度も飾り付けが替わっていないのならな」
 服部は病室の窓から遙か遠くに見えるクリスマスツリーを見つめた。

「アメリカの養父の家にいた頃、オレの楽しみはエディのパソコン、特にデータが入ったファイルの鍵を壊すのが楽しみだったんだ」
 服部の瞳に徐々に夕日に包まれ始めたクリスマスツリーが、小さく写る。
「ピアスケースにはその汚職の証拠が入っているって言うわけ?」
「いや。オレが入れた訳じゃない。母親がこっそりとエディのデスクから一本のフィルムを取りだし、ピアスケースに入れるのを見ただけなんだ。それがローガンの汚職に関する何らかの証拠が入っている保証はない」
「ハットリが言い出したのよ。そのフィルムを盗み、反対にローガンを脅せば何とかなるかもって。汚職の内容は覚えてないの?」
「知らないよ。確かに開いたエディのファイルにローガンに関する何かが入っていたような覚えはあるけど内容までは覚えてないよ。だから、これは勘だよ。でも、アルに手を引かせるにはそれしかないだろ」
 警察に届けるわけにも行かない。
 アルを殺すこともできない。
 服部にはそれしか思いつかなかった。
「母さんは最後にはエディを憎んでいたから、エディが大事に持っていたそのフィルムを盗むことで、憂さ晴らしでもしたかったんじゃないかと思うんだ。エディはそのフィルムをとても大事にしていたから…」
 服部は嗤い、窓の外へ視線を移す。
「オレ、ずっと忘れていたんだ。ピアスケースを盗んだことなんか。じいさんが調査した書類を見て思い出したよ。ツリーは毎年オレの瞳に触れていたのに」
 皮肉にも差し迫った危機にようやく思い出したのだ。
 服部の目は未だに遠くに在る何かを見ていた。

 服部から目線を外したロビンの目に夕日が赤く染まる。
 物心付いた頃から神童と呼ばれ、常に別格扱いを受けていた虎之介でも、二歳の時の記憶などそんなにはっきり残っている訳がなかった。
 虎之介は実母を写真でしか知らない。
 しかし、虎之介の継母は厳しいが優しい人だった。
 虎之介にとって実母は『虎之介を産んだ』事実以外、何の意味も持ってはいない。
 しかし、服部にはくっきりと濃い影を落とし続けている。

「帰るわ。今夜はパーティーがあるの」
 ロビンは入れ違いに入ってきた服部の母親に軽く会釈をし、出ていった。
「太一、今の方は、誰?」
「病院で知り合った人だよ。母親が入院してるみたい」
 何度目の嘘だろうか。
 服部の顔には何の後ろめたさも、もはや表れることはない。
「…そうなの。そうだ。太一、外泊許可が出たわ。早く支度して」
「え…。いつまで?」
 家に帰れば外に出にくくなる。
 未だ怪我をしている服部には両親は特に慎重になるだろう。
 服部は外泊許可を出した老人の知り合いである院長を恨まずにはいられない。
「26日の朝までよ。でも、正月までには退院できると院長先生も言っていたわ」
 服部は黙って支度しながら、万が一のための嘘を考え始めていた。
 表に出る事のない罪悪感は何処へ行くのだろうか。
 何処にも行きはしない。
 一つ一つゆっくりと降り積もるのだ…


 久しぶりの家は何も替わってはいなかった。
「嬉しくないの?」
「え?」
 母親の不安そうな顔に、キリキリとした痛みが服部の心臓に喰い込む。
 いつもの年より、深い痛みが心臓から内蔵の全てを食い尽くしているみたいだ。
「嬉しいよ…」
 どうしてそんな顔するの?母さん。
 ボクはどんな顔してる?
 息が詰まる…
「どうした?太一」
 テーブルに豪華に並べられた夕食の向こう側から父親が笑顔で訊く。
「病み上がりだからな。あんまり無理して食べる事ないぞ。でも、院長先生が太一の回復ぶりに舌を巻いてたぞ」
 出血は酷かったが、腹の傷自体は大したことはない。
 銃弾は内蔵を外れていたのだ。
 それは、この人達には知りようのない事実。

 いつもより、痛いのは、思い出したせい?
 脳に刻まれた現実が痛みを際だたせる。
 痛みは涙となって流れることは叶わず、ひたすら血液となって体を循環し続ける。

 イタイ
 嘘で固めた服部太一。
「太一…。どうしたの?」
 母の不安そうな顔。

イタイ
 心臓の痛みがさらに深く食い込む。
「母さん。もう、いいじゃないか。太一は疲れているんだ」

 イタイ
「でも…」
「母さん!」
 語調を強めた父から笑顔が消えた。

 イタイ イタイ イタイ イタイ

 どうして?
 どうしてそんな顔するの?
 それは、ボクのせい?
「ボク、何か悪いコトした?」
 二人の顔がさらに不安で歪む。
 ヤメテ…。
 そんな顔しないで。
 お願いだから…。
 体中の細胞が震え始める。

 ドウシテ?
「どうして、そんな顔するの?」

 ボクは、悪魔…
「ボクは、悪魔?」

 クリスマス・イブ。
 幸せな人間には最高の日、それ以外の人間には、これ以上に最低の日はないだろう。


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