そして、クリスマスイブ。
消えた光の残像が服部の瞳に僅かに瞬いていた。 突っ走るアルを止めるには、そう考えた時、一つの星が服部の記憶を絡め取る。 鍵は欠け落ちていた小さな記憶。
13年前。 オープンしたてのおもちゃ屋はオーナーの夢であった。 クリスマスの夜、屋上で解体が始まった真新しいツリーを見上げオーナーは亡き娘の写真を見つめ繰り返し呟く。 「これは、夢なのだ」 あの人がそう教えてくれた。 ツリーがここにあるのも娘が死んだのも。 全ては夢なのだから、あなたはあなたの夢の続きを見続けなさいと。 不思議な手相見だった。 娘と妻を事故で亡くし時間が過ぎるに連れ、周りは自分の人生、自分のために生きろと、力強く説得した。 ならば、死んだ娘が見たいと言った大きなクリスマスツリーは壊してしまおう。 娘が見たいと言ったから作ったのだから。 完成間近なおもちゃ屋を見上げ、そう笑った時、周りは繰り返し言った。 現実を見ろと。 不思議な手相見だけは、こう言った。 夢を見ていなさいと。
以来、私は夢の中で、おもちゃ屋を経営している。 夢の中で、会計し、営業し、販売している。 いずれ、時が現実という名の不確かな恐怖を洗い流す、その時まで優しい夢の中で笑って娘を見ていよう。 現実と戦う必要などない。
「雪が降りそうだな。そろそろ君達は帰っていいぞ」 明日は12月26日《ボクシングディー》。 欧米ではクリスマスに貰ったプレゼントを開けるというお楽しみの日だ。 屋上の飾り付けのなくなったツリーを見上げ白い息を吐いた。 店内には未だ蛍の光と共に閉店のアナウンスが響いている。 寒さに体を強ばらせながら屋上から出ていく従業員を見送り、自分も最後に屋上から階段を下りようとした。
カタン 小さな物音に振り向いたがそこには何もなかった。 オーナーは静かに休憩室へ下りて行った。 「大丈夫かな」 幼い声が僅かに蛍の光に混ざり、小さな影がオーナーの後ろ姿を確かめ動き出す。 その手に握られている箱は、シガレットケースの半分程の大きさであるが、幼いその手にはやけに大きく見える。 小さな体にはちょっと長い階段に息を弾ませ、辿り着いた前にある重い扉を開ける。
キラキラ光るデコレーションが雪を避けツリーの木の下に寄せられていた。 靴下。 りんご。 トナカイ。 沢山のおもちゃの中で、小さな心が一際動いたのは大きな星だった。 雪の中をトボトボと歩き、その小さな手が大きな星に触れた。 五つの鋭角を持つ星には、切れ目と思われる細い五本の線が入っている。 小さな手でその切れ目をこじ開けようとしたが、力が足りなかった。 暫く辺りをキョロキョロと見渡し、ほんの少し考えていたと思ったら、すぐに、もと来た階段を下りだした。 そして、オーナーが消えた道筋を辿る。 幼い子供が『休憩室』と確かに書かれた文字を読めるかどうかは分からないが、確かにそこに大きな目を上げる。 いつの間にか蛍の光は消え、沈黙が暗闇を引き立てている。 「お疲れさまです。オーナーもお帰りですか」 「あぁ、駅まで一緒に帰ろうか」 背の低い垂れ目のオーナーは若い女性の店員と共に従業員用出入口に向かう。 「君は、明日は早番だったね。私は遅れるから鍵とカードを渡しておくよ」 女性が手渡されたカードキーをセキュリティーシステムに差し込み、暗証番号を打ち込む。 ピーと音がした時、小さな影が優しそうなお姉さんの膝に抱きついてきた。 「あら、どうしたの?」 「…ママ。いないの」 「たいへん。迷子かしら。店内に迷い込んでいたのね。きっと、お母様が捜しているわ」 「ボク、名前は?」 首を何度も横に振る。 「小さいから無理か。私は近くの交番に行くから、君はこの子を見ていてくれ。まだ、お母さんがこの辺で捜しているかも知れない」 小走りに掛けていくオーナーを見送り、女性は跪き低い目線に合わせニッコリ微笑む。 「大丈夫よ。すぐに見つかるわ」 優しい目線が外された時、小さな口元に笑みが浮かぶ。 そして、女性を呼ぶようにバッグを引っ張る。 「なまえ、ボク、たなか…」 女性は嬉しそうに目を輝かす。 「田中って言うの?よかった。ボク偉いわね。交番に知らせた方がいいかしら。でも、子供を夜空に一人放って置くわけにもいかないし。ここを放れるわけに行かないし。こんなとき、携帯電話があったらよかったのに…」 困ったように独り言をいう親切な女性に、 「ボク、ひとり、へいき」 ニッコリ無邪気な笑顔を作る。 「ボク、偉いね。じゃあ、お姉さん、10秒で戻るから、ここ動いちゃダメよ」 走り去る心優しいお姉さんを笑顔で見送る。 ここで子供がいなくなってもお母さんが見つけたと思うだろう。 捜したとしても、まさか、鍵を掛けた筈のおもちゃ屋に戻っているとは思う筈がない。 小さな手にはカードキーと鍵が握られている。
背を伸ばし鍵穴に鍵を差し込む。 カチッと音を立てて殺風景な従業員ドアが開く。 そして、ピーピー煩い鉄の箱に椅子を持って近付き、カードキーを差し込むと、とりあえず不快な音は静まる。 小さな指が覚えたばかりの暗証番号を打ち込むが、どうやら違うらしい。 セキュリティーを解除する番号は別物だと悟り、鍵の中から一回り小さな鍵を取りだし、箱の横にある小さな穴に差し込む。 ビンゴだ。 蓋を開くと、幼い顔が少し紅潮する。 配線を暫く眺め、ニンマリと頬を緩め配線を弄る。 内部にある小さなキーを用心深く押すと、ピピッと軽快な音と共にディスプレーに『カイジョ』の文字が浮かび上がる。 フゥッと息を吐き椅子から飛び降り、テーブル上にある果物ナイフを持ち部屋を飛び出る。
屋上に戻り、再び星を手に取った。 星の切れ目を指でゆっくりとなぞり、持ってきたナイフを突き刺す。 1センチ程入ったところで、クッとナイフを捻る。 パカッと音を立て星は開いた。 思った通りこの星は幾つかのパーツに分けられ組み立てられていたのもだった。 持っていたピアスケースを中の空洞に入れる。 外した星の欠片をピッタと填め込むため体重を掛けて押し込む。 「たなかク〜ン。ボク〜」 優しいお姉さんの声が遙か下から冷たい風に運ばれる。 寒い空の下、彼女は幼い子を思いやり懸命に声を張り上げる。 体重を掛けた星がキシキシと掠れた音を立てる。
「バ〜カ。タナカって誰だよ」 「田中さ〜ん。いますか〜」 今度は母親を捜すつもりらしい。 「どこにもいないよ。そんな人。ボクは捨てられたんだから。優しいお姉さん」
ボクは捨てられたんだ。 だから、ボクも捨てるんだ。 ボクが捨てたのは、返す当てのないモノ。 星の中に捨てたピアスケース。 盗んだ鍵は返せるだろう。 でも、盗んだピアスケースは誰にも還らない。 それでも、ボクは泣かない。 泣いた記憶がない。
星は掛けた体重の重みにより、パチリと音を立て元の星に戻った。 五つの鋭角を持つ星に。 その星にしまい込んだワケは単なる気まぐれだった。 手の届かない天辺の星にはきっと二度と触れる事はないだろう。 欠け落ちた記憶は、ピタリと当てはまり完全となる。 星を頂点に頂くツリーは13年間何も語ることなく、その時期が来ると子供達の目を楽しませている。 そして、毎年欠かすことなく、服部の瞳にも映っていた。
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